真選組血風帖-鎌鼬記-

□入隊祝い篇
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「かーぜったに!!」
近藤がにこやかに風谷を呼んだ。両手を背中に回している。
「なんですかィ、近藤さん」
「じゃーん!!」
効果音と共に近藤は背中に隠していたものを前に出した。その手にあったのは、ホールケーキだった。
「真選組へようこそ!!」
「わ、甘い香りがしまさァ! 何ですかィ、これ」
「ケーキだよ、ケーキ! チョコレートケーキ!!」
「けーき?」
「洋菓子の一つさ! 風谷の入隊祝い兼副隊長就任祝いだ!!」
「い、いいんですかィ!?」
風谷は近藤とケーキを交互に見た。
「太っ腹ですねィ、近藤さん」
風谷の隣で沖田が目を丸くする「一体どうしたってんです?」
「いやー商品券あったの忘れててな! 思い立って、ついさっき買ってきたんだ」
そこに、
「ほー、ケーキなんていつ以来だ?」
「あ、すごい! 美味しそうですね局長!」
通りかかった土方と山崎も足を止める。
「だろ? じゃあ早速食べようか!!」
近藤はケーキを切り分けた。



「いッただッきまーす!!」
手を合わせてから食べ始める。
「美味しいです、局長!!」
山崎が目を輝かす。近藤はガハハと笑った。
「そうかそうか! よかった!! 風谷、どうだ?気に入ってくれたか?」
近藤が風谷の方を向いて問うた。しかし直後、驚くこととなる。
「ふむ。甘すぎず程よい苦味があり、柔らかいな。俺の好みにあっているぞ、近藤局長殿」
風谷を除く全員がポトリとフォークを落とした。そして、次の瞬間

「いや、なんでケーキで人格変わってんだァァァァァ!!」

異口同音でつっこむ。だが
「ふむ……何故と言われてもだな…………なってしまったものは仕方あるまい。実のところ、俺にも何が原因か分かっていないのだ」
そう言って『冷静沈着』の風谷も困り顔をした。
「甘いもので人格変わんのかよ」
「いや、甘いものなら以前食したことがある」
「じゃあチョコですか?」
「チョコレートもまた然りだ」
土方と山崎が言うも、風谷は否定する。
「じゃあ、一体何が人格を変えるキッカケになったんでィ…………」
そう言って沖田はケーキを口に運ぶ。何度か咀嚼したあと、何かに気づいたように慌ててそれを飲み込んだ。
「そうか、これか!!」
「原因が分かったのか、総悟」
「ああ。あとで『天真爛漫』に戻ったら確かめるから、取り敢えず今は味わって食え。戻るのにそう時間は掛からねえはずだ」
「今、教えてはくれぬのか?」
「ま、あとでのお楽しみだ」
「……そうか」
短かく返事をして、風谷は再びケーキを食べ始めた「うむ。やはり美味いな」



沖田の言った通り、『天真爛漫』になるまでさほど時間は掛からなかった。
「近藤さん、ケーキ美味しかったですぜ!! ありがとうごぜえやした!!」
「本当か!? よかったよかった!!」
近藤は笑って風谷の肩を叩いた「また買ってくるよ。今度はショートケーキにしようか!」
「楽しみでさァ!!」
飛び跳ねる風谷の元に、
「待たせたな、瑛莉」
沖田が瓶とコップを持ってやってきた。
「そーご、それ、何ですかィ?」
「まあまあ、何も訊かずに騙されたと思って飲んでみろィ」
そう言うと沖田は瓶の中の液体をコップに注ぎ、風谷に差し出した。
「分かりやした」
頷いて風谷は素直にその液体を飲んだ。
直後、目つきが変わる。沖田はそれを見て納得したように風谷を眺めた。
「やーっぱり、これだったか」
「総悟、この形容し難い味のする液体は一体何だ? なかなかに美味だが…………」
『冷静沈着』の風谷が問う。沖田は瓶を掲げた。

「これはな、酒ってんだ」

「酒だと?」
「ああ。あのケーキにゃラム酒が入ってたんだ。お前、酒を飲んだのはこれが初めてか?」
「ああ」
「じゃ、これで証明完了だな。お前はアルコールで、『冷静沈着』になっちまうんだ」
「え、風谷副隊長、お酒飲むと『冷静沈着』になっちゃうんですか!? 『傍若無人』じゃなくて!?」
山崎が驚いた声を上げる。
「何が言いたい、山崎退」
「いや、お酒で楽しくなるタイプの人なのかなって思ってたので、少し意外で……」
「そうか。だが今の調子だと、そう簡単には楽しくなれそうにないぞ。悪かったな、期待に添えず」
「いや、別に謝らなくても…………」
「でもまあいいんじゃねえか」
土方がタバコをふかしながら言った「多少言い回しがめんどくせえときもあるが、『傍若無人』とか『暴虐暴走』になって暴れられるよりゃ遥かにマシだ」
「それは俺に対する宣戦布告と受け取ってよいのか? 土方副長殿」
風谷は鯉口を切る。
「よくねえよ!! ……ったく、喧嘩っ早いところは同じなんだな」
「いつでも殺してやるからな。くたばるがいい、土方副長殿」
「ちっとも中身変わってねえ!!」
「ついでだ。『冷静沈着』の状態で抜刀するとどうなるのか試してみよう」
そう言って立ち上がると、風谷は土方を見据えた「『暴虐暴走』にならぬとも限らん。手荒な真似はしてくれるなよ」
「いや何で俺見て言うんだよ!?」
「たとえ『暴虐暴走』になろうとも被害が1番少なくて済むからだ。死ぬがいい、土方副長殿」
「ふざけんじゃねえ!! リスクがあるならやるな!! つか殺す気満々じゃねえか!」
「ではゆくぞ」
「人の話聞けェェェェェェ!!」
土方の叫びを聞き流しながら風谷は彩姫を抜いた。
「だからちょっと待てって――」
土方も慌てて抜刀するが、風谷が斬り掛かってくる気配はない。
「…………風谷?」
恐る恐る風谷を見れば、彩姫をしげしげと眺めていた。
「……ふむ。どうやら人格は変わらぬようだな。また1つ覚えることが増えた」
それを聞いて土方は安堵のため息をついた。
だが、風谷が納刀した瞬間だった。
「……んあ? 戻った?」
風谷は『天真爛漫』になっていた。
「もう酔いが醒めたのか? 瑛莉」
「んー、分かりやせん。ただ、いつもは刀しまうと『天真爛漫』に戻りやす。酒が入ってても適用されんのかもしれやせんね」
「へぇー」
「また覚えることが増えやした……」
「風谷副隊長も大変ですね…………」
しょぼくれる風谷に、山崎がしみじみと言った。
そのときだった。
「…………なあ、瑛莉」
沖田が風谷を呼んだ「ちょっとこっち来い」
「んあ? 分かりやした」
風谷は沖田の前まで歩いていった。
「手ェ出せ」
「んあ!?」
「いいから、両手前に出して手の平を上に向けろ」
「こ、こうですかィ?」
風谷は言われるまま両手を前に差し出した。
「おう。じゃ、目ェ瞑れ」
「へ、ヘイ」
風谷がギュッと目を瞑る。直後、手の上に何かを乗せられた。
「んあ? 何ですかィ、これ」
「もう、目ェ開けていいぜ」
沖田の指示で風谷は目を開く。そしてその視界に飛び込んできたのは、
「遅くなっちまったが、俺からの入隊祝いだ。受け取っつくれィ」
紐の付いた赤い勾玉だった。
「あ! あ!! 俺これ知ってやす! 勾玉ってんですよね!!」
「お、よく知ってたな。紅玉って石で、できてるんだそうでィ」
「こーぎょく?」
「紅(くれない)の玉で紅玉な。牡羊座の石で、自由とか威厳とかが紅玉の石言葉らしい。勾玉にゃあ魔除けの力があると言われてんだ。ま、御守り代わりに彩姫にでもつけといつくれィ」
「ヘイ! 分かりやした!!」
風谷は嬉しそうに頷くと、彩姫の鍔元に勾玉を括りつけた「ありがとうごぜえやす、そーご!! 大切にしまさァ!!」
「おう。これからも宜しく頼むぜ、瑛莉」
「えぇ! これからも宜しくでさァ、そーご!!」
彩姫を抱いて風谷が幸せそうに笑った。


Fin.

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