真選組血風帖-鎌鼬記-

□初陣篇
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初任務篇 第1章

かぶき町に『縞田屋』という名の店があった。江戸有数の鼻緒屋である。その前で黒い服に身を包んだ集団が足を止めた。
「へぇ、思ったよりでけえ店じゃねえですかィ!」
黒く長い髪を後頭部で1つに結わえた少女と思しき人物が言った。右手の甲は血で薄汚れた包帯で巻かれている。首には赤いマフラーのようなものを着け、黒い編み上げブーツを履いていた。血のように紅く鮮やかな目が、待ちきれないというように輝く。だが直後、不意に後頭部をパシンと軽い衝撃が襲った。
「全く……やる気満々なのは構わねえけど抜け駆けはいけねえぜ、瑛莉」
「痛ッ……わかってまさァ、そーご。土方さんの指示が出てから、ですよね」
上から降ってきた声の主を見上げ、瑛莉と呼ばれた少女は叩かれたところをさすりながら答えた。



他愛もないやり取りをする2人と、2人を呆れたように見ている男性。そして、その後ろに控える屈強な男たち。彼等は買い物目的で店に来たのではない。
この店に潜伏している、攘夷浪士の殲滅及び証拠品の押収――それが彼等の今回の任務であった。
黒を基調とし、黄色い線が入った洋風の隊服。腰から下げた日本刀。折り紙つきの戦闘力を持つ、将軍の名の下(もと)に動く武装集団。
「真選組、出動だァァァァァァ!!」
特別武装警察 真選組である。
副長である土方十四郎が叫んだのを合図に、隊士全員が刀を抜いた。



「いいか、隅々まで探索しろ! 誰1人として取り逃がすな!!」
言いながらも襲い掛かってくる攘夷浪士たちを斬っていく土方。とどめを刺すことを忘れない。
そんな中、土方は上へと続く階段を発見した。
――何かある
直感的にそう悟り、土方は進路を変えた。
偶然その近くにいた一番隊隊長・沖田総悟と、その副隊長・風谷瑛莉に呼び掛けようと後ろを振り返り、土方は目を丸くした。
つい先日、真選組となったばかりの風谷にはこれが初任務となる。だがその白い刀身は既に鮮血で鈍く紅く光り、顔と服には かなりの返り血が付着していた。
土方は反射的に刀を強く握り締めた。歳に見合わぬ実力――それは認めるべきだろう。相当の努力を積んだはずだ。副隊長としての戦闘力は十分にある。
だが、それだけで躊躇無く人を斬れるのか。命を奪うことに疑問も持たずにいられるのか。
初めて会ったときに感じた不信感がじわじわと蘇ってくる。

『本当は危険人物なのではないか』

『真選組に災いを呼ぶのではないか』

 
そこまで考えて、土方は雑念を排除するかのように頭を振った。目の前の任務より優先すべき事柄などない。
「総悟、風谷! 上がれ!!」
平常を心がけつつ、土方は声を張り上げた。
「ヘイ!」
「おうよ!」
いつも通りの沖田の返事と、突撃前よりも荒っぽい風谷の返事。それぞれの声を背に階段を駆け上がった。上がり終わったところで左折する。そのとき、何故か風谷はその場で足を止めてしまったが土方にはそれを気にする間もない。
「真選組だァァァ!!」
そう言って土方は、大きな部屋のふすまを開け放った。



しかし、そこは既にもぬけの殻と化していた。
「チッ……遅かったか…………」
舌打ちをもらす。ここにはつい先ほどまで人がいたという形跡があるのに、誰もいない。
――逃げたのか? 俺たちの奇襲を察して…………
考えていた土方は、その身に降りかかろうとしている危機に気付けなかった。
土方の後方5m。沖田はバズーカで土方の頭に狙いを定めた。心の内で別れを告げ、そして。
ドゴォォォという音とともに黄色い閃光が放たれた。10秒ほどの静寂。それを破ったのは、狙われた土方だった。
「…………おい総悟、ドサマギで何しやがる……!」
落ち着いた声で言う土方。直前でかがんだ為、怪我はない。とはいえ、いきなり殺されかけたのだ。声音が徐々に硬くなる。
その姿を見て沖田はバズーカを肩に担ぎ、露骨に舌打ちした。
「なに残念そうな顔してんだテメェはァァ! いっぺん死ぬかコラ!?」
しかし言われた沖田は悪びれもせず、余裕すら感じられる声で言い返した。
「嫌だなァ土方さん。お茶目ですよ、お茶目。いつものことじゃないですか……でしょ?」
「『でしょ?』って……いつも俺を付け狙ってやがんのかテメェは……!」
静かに拳を固める土方。しかし沖田の次の言葉で本来の目的を思い出した。
「それはそうと土方さん、これは全くの空振りってやつですかねェ?」
「……みてえ、だな…………」
確かに部屋には何もなかった。殺風景な八畳の部屋が、やけに狭く感じられた。
「…………しょうがねえ。ないモンはねえんだ。帰るぞ」
ため息混じりに言って後ろを振り返った、そのとき。
土方の目の前にあったのは黒い物体。一瞬沖田のバズーカかと思ったが、その考えはすぐに打ち消された。聞こえた声は、沖田のそれよりも高かった。
「とーーーぅッ!!」
次の瞬間、土方の顔面に風谷の跳び蹴りが見事にめり込んでいた。
「てッ、テメッ何しやがんだ風谷ィィィィ!!!」
左手で顔を覆いながら土方は叫ぶ。だが、風谷は静かに着地し、あどけない顔で平然と言い放った。
「嫌だなァ土方さん、お茶目ですよお茶目。いつものことじゃないですか……でしょ?」
先ほども聞いたセリフに顔をしかめつつ、土方は風谷を問いただす。
「風谷、テメェ今まで何処行ってやがった!? ついてこいっつったろうが!」
「ついてこい、たァ言ってませんぜ? 土方さんは俺たちに『上がれ』とだけ言ったんでさァ。そのあとのことまでは指示されてねえです」
「……そう、だったかもしんねえけどよ……俺が今訊いてんのは、何処行って何してたんのかってことなんだよ! 途中で勝手に消えやがって。早速死んだかと思ったじゃねえか」
「生憎、俺は消えても逝ってもいませんぜ。土方さんが見逃したことに関してカタつけてきただけでさァ」
自分のことを棚に上げた土方を一瞥して、風谷は嘆息する。そんな風谷に沖田が声を掛けた。
「俺も気になるぜ。階段を上ったとこまでは一緒だったはずだが……」
「あ、そうそう、それですよ。お二方に伝えなならんことがあるんでさァ!」
ポンと手を打った風谷。そして、急に真面目な声で話し出した。
「そーご、土方さん、いいですかィ? ここは空振りなんかじゃありやせん。

近藤さんの睨んだとーり、大当たりでした」

その言葉に諦めかけていた2人が目を見開いた。
「おい、そりゃ一体どういう……」
「こーゆーことでさァ」
沖田の言葉を遮り、風谷がポケットから一枚の紙を出す。それを見て2人の表情が一変した。
「これは……!」
風谷が取り出したのは、紛れも無く自分たちが捜し求めていたものの一部。だが、そこだけで充分な証拠になる、とても重要な部分だった。
「これがありゃ攻め込めるんでしたよね。もう一気に潰しちまいましょうや」
風谷の声がSっ気を帯びる。まだ斬り足りない――そう言っているようにも聞こえた。
「やったな! でかしたぜ、瑛莉!!」
沖田が風谷の肩を労うように叩く。だが土方は何ともいえない、苦い顔をしていた。
「アレ、どうかしたんですか? 土方さん」
「……いや、何でもねえよ」
そう言って土方は視線を窓の方へ移した。
「……?」
不思議そうに土方の顔を見ていた2人。しかし土方が何も口にしないと察し、沖田が口を開いた。
「……ところで証拠が手に入ったのはいいとしても、何処で手に入れたんでィ、コレ」
その言葉に土方が反応した。体ごと風谷のほうに向き直る。
「ああ、そうでしたね。その辺のこと話さねえと」
そして風谷はその経緯を話し始めた。
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