dream

□春の夜の夢
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※夜行本部での話

 珍しく夜中に目が覚めた。喉の渇きを満たすために部屋を抜け出したら、縁側に座って桜と月を眺めている翡葉さんがいた。
どこかぼんやりとした表情が気がかりだったが
触らぬ神に祟りなしということで、私は水分補給を諦めてそっと部屋へと戻ることにした。

「逃げるなよ」
「ひっ、……気づいてたんですか」
「当たり前だろ」

 こちらに見向きもせず、翡葉さんは淡々と答えた。

「お隣いいですか?」
「あぁ」

 了承を得てから、翡葉さんの隣に腰を下ろす。

「こんな時間に月見と花見なんて風情ですね」
春のあたたかい夜風が頬を掠めていく。
「嫌味か」
「滅相もないです。ただ、なんというか……訳ありなのかなって」

 思わず口にしてしまったが、やはり先ほどの
ぼんやりとしたどこか寂しげな顔が頭から離れなかった。

「お前には関係ない」

 関係ないと一蹴された以上、この話の深追いはできない。わかっていたことだが、いつだって私と翡葉さんの間には目に見えない一線が引かれている。私には、翡葉さんの境遇も苦悩もわからないし、知る由もない。隣にいるのに、届きそうで届かないこの距離がもどかしい。

「名無し、肩貸せ」
「えっ」

 答える間もなく、翡葉さんは私の肩にもたれかかってきた。

「間抜け面」
「だ、だって」

 突然の出来事に動揺を隠せなかったが私の肩から退くつもりはないらしい。様子見として少しの間沈黙が続いたが一向に状況が変わる気配はない。そこで気を紛らわすために、新しい話題をふってみることにした。

 「花より団子って言葉ありますけど、桜見てたらお腹空いてきました」
「あ、そうだ。今度この時間に此処にいる時は声かけてくださいね?お菓子と飲み物持って行きますから!」

 ペラペラと喋る私をよそに翡葉さんは特に相槌を打つわけでもなく黙って私の話を聞いていた。その後も他愛無い話を延々と独り言のように話しながらチラリと顔を覗いて見ると、翡葉さんは目を閉じていた。

「起きてますか?」

 そっと尋ねてみたが返事は返ってこなかった。その代わり私の肩の上で翡葉さんは静かな寝息を立てていた。いつの間に寝ていたのだろう。よっぽど疲れていたのか、はたまた私に安心感を待ってくれていたのかは分からないが胸の奥が熱くなった。
 しかしどうしたものだろうか。眠る翡葉さんをそのままにしてあげたいという気持ちもあるが、いくら春の夜だといっても、このまま夜風に当たっていては風邪をひいてもおかしくない。いろいろ策を考えてはみたがだんだんと頭がぼーっとしてきた。

(なんだか私も眠くなってきちゃったな……)

ーーーーー……

 どのくらい寝ていたのだろうか。目を閉じるだけのつもりが、気がつくと随分と夜も更けていた。目を覚ました頃には、隣にいた名無しも俺にもたれかかって眠りについていた。鳥の声も虫の声もしない静かな空間に桜を散らしていく風の音だけが響き渡る。起こさないようにそっと立ち上がり、名無しを横に抱える。

「おやすみ」

 気持ちよさそうに眠る彼女の寝顔に少しだけ微笑みかけるのであった。

ーーーーー……
翌日

(あれ…私なんでお布団の上にいるんだろう)

 朝目が覚めると、布団の上で寝ていただけでなくしっかりと掛け布団までかけられていた。昨日の夜は翡葉さんと縁側に座っていたはずなのに途中から記憶が薄れている。とりあえず着替えて部屋の外に出ると偶然翡葉さんが歩いてきた。

「まだ寝てたのか」

 幾分か優しい声色で声をかけられた。

「もしかして昨日部屋まで運んでくれましたか?」
「ぐっすりと寝ていたからな」
「ありがとうございました!そしてすみません」
「気にするな。それより、この後空いてるか」
「はい、今のところ特に予定はないです」

 相変わらずクールな顔をしている翡葉さんだが、どうやらこれは私へのお誘いらしい。

「支部に寄るついでだからな。……外で待ってる」
「はい!楽しみです」

 背を向けて歩いて行ってしまうが、少しだけ照れくさそうな様子の翡葉さんに私の心はときめいてしまった。



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