生物委員会委員長

□立花と
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「ふざけんなよ、お前」

天女を喜八郎に押しつけ、雨彦のもとへ行くと、心底不機嫌そうに言われた。

「そう言うな。まさかあそこまでお前に噛みつくとは思わなかった」
「嘘つけ」
「おや、心外だな」

誰が見ても、天女は明らかに雨彦を嫌っている。事実も理由も、学園には浸透していた。
その事を知らないのは、やはり天女のみだろう。

「天女がある程度お前に不快そうな態度をとるとは思っていたが…あれほど分かりやすく反応するとは思わなかったさ。本当だ」
「……」
「お前はあれをそれ程気にする必要があるか?適当にあしらえばいいだろう。どうせその内追い出されるさ」

全て本心だ。
生徒全員があの女に少なくとも不快感を抱いている事は間違いないのだから、いずれ誰かが痺れを切らす。
一番直接的な被害を被っているのは雨彦なのだから、もっと被害者ぶっていればいいのに。
何を深く考え込む必要があるんだ。言っても雨彦はそんなことはない、と否定するのだろうが、六年や、長くこいつの近くにいる後輩の竹谷は気づいている。
勘が良ければ、それ以外の後輩も。

「追い出す、と最初に口走ったのはお前だろう。お前が一番尻込みしてどうする」
「してねえ」
「ふむ、そうだな。少し違うか。何をあの女に同情してるんだ、と言った方が正しいか?」

笑んでやると、雨彦は目をそらして黙り込んだ。
何か言ったらどうだ。下手にそうやってはぐらかして、言いたいことを言わないから、心配する者が増えるんだ。いい加減気付け。

「……惜しいな…同情じゃねえよ、俺がしてるのは」
「ほう?そうか。今日はどう強がってくれるんだ?」

外した。雨彦の思考の予想を。
何だかんだで、分かりやすい所は分かりやすい奴だ。あまり、この予想を外したことはないのだが。
お前こそ強がるな、とでも返されそうな問いをしてしまったが、雨彦は少し眉を寄せ、息をついた。
私の皮肉は水に流そうという訳か。

「……焦ってんだよ」

目はそらされたまま。雨彦の声は、酷く空虚に拡散した。

「何にだ」

からかってやればいいものを、何故か、私も真剣な声色で聞いてしまう。
何に焦っているというのか。

「……俺としては、何としても、早急に、あの女をどこかにやりたい。…今すぐにでも」
「答えになっていないぞ」
「あの女がここに居続けては、駄目だ」
「それは皆分かっていることだ」

急速とまではいかないが、天女によって、学園の機能は低下している。
出来るだけ早く居なくなって欲しいのは皆同じだが、状況や時の条件というものもあるだろう。
何しろ、天女には滞在許可が降りている。

「……あの女は、俺を殺す」
「何?」

何と言った。ころす。こいつの言ったころす、という言葉は、つまり、命を奪うということだろうか。

「何を言っている?」
「いや、確証は無いんだ、そんな気がするだけと言ったらそれまでなんだ…でも、奴は俺をこのままにしておく筈がない」

だんだんと雨彦の語調が強く、言葉の出が早くなる。
天女は雨彦を嫌っているから、危害を加えようとしているのは明らかだ。それは喜八郎と確認出来た。
しかし、だからといって、

「殺すまでするには飛躍しすぎだ。奴は小娘。お前は忍のたまごだぞ」
「……違う」
「何も違わないぞ。しっかりしろ」

幸い、私たちにすれ違う者は居なかった。廊下を通りかかる者こそ居るが、私たちを気にとめようとはしない。
天女に反抗心を募らせる生徒、特に一年には、雨彦の意味不明な焦りなど聞かせるわけにはいかない。
年長者の不安は年下の士気を削ぐ。

「……お前達が…」
「達?私以外の六年もか?」
「……いや、いい…忘れろ」
「おい、それは無しだろう」

不明点が多すぎるまま、自分の部屋に戻ろうとする雨彦の腕を掴む。
しかし、それはすぐに振り払われてしまった。

「おい!」
『誰にも言うな』

矢羽根で返された。
大声で呼ぶな、周りの視線を集めるな、何も聞かれるな、という事か。

「……身勝手すぎるぞ……」

言うなら最後まで言え。信用していないようなものじゃないか。

「雨彦が、殺される」

天女に。
冗談かとも思うが、雨彦はそんな不安を抱かせる嘘はつかない。
しかし、どう考えても、あんな非力な女に雨彦は殺せない。
身体能力は勿論、頭だって雨彦の方が回るだろう。
有り得ないことに、何を怯えているんだ。

「……お前が、殺されてたまるか」

思考がズレる。理性はそれを理解しているが、この際どうでもいいとすら思った。

「そこまで言うなら、守ってやろう。お前は死ぬべきではない」




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どれほど自分が支えになっているのか、自覚しろ。

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