生物委員会委員長

□潮江と
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無言で障子を開けた赤目の同輩は、会計室の中を見るや、眉を潜めた。

「田村は居ないのか」

会計室で作業をしているのは、田村を欠かした会計委員会の四人だ。
お陰で作業の進みは遅い。

「ああ、あの女の所だ。あいつに何か用だったか」
「いや。けど居ないってことは、まだ予算の計算たってないんだろ」

同輩、雨彦の手には、恐らく予算案であろう書類がある。
雨彦は予算を立てた後、必ず俺に相談に来る。どうせ予算は削減されるからと、嫌みったらしく予算案を突き出すのだ。
しかし、定期的に上級生が委員会の席を外す最近では、ろくに予算の計算が進まない。それでは予算案を突き出しても意味はないと察したのだろう。

「イライラしてるな、お前」
「あ?」
「眉間の皺」
「……ほっとけ」

生物委員会も、それなりに作業が詰まっているのだろう。よく逃げる毒虫、その度に籠の修理。
狼や猛禽の世話もある。
一年が多く、それだけでも大変だったというのに、天女が五年の竹谷を委員会から離す。
苛立っているのは学園の生徒全員だ。

「学園長も何をお考えなんだか」
「どうせ思い付きだろう。そういう人だ。一人で放り出せないという便宜上の理由も、一応は理解できるしな」

天女がここに居座り続けるのは、学園長が何故か滞在許可を出したからだ。
生徒どころか一部の先生まで、不可思議な現象を引き起こす怪しい女を置いておくわけにはいかないと反発したが、聞き入れられることはなかった。
雨彦はその騒ぎの後に学園に帰還した。

「あの、灰崎先輩!」

声をあげたのは団蔵だ。作業が一段落したのか、帳簿を一つ閉じ、雨彦を見上げる。

「おいこら、団蔵」
「いや、いい。何だ」

団蔵を止めようとしたら、それを雨彦に止められた。
団蔵はやたらと嬉しそうに雨彦を見ているが、果たして雨彦は後輩にここまで好かれていただろうか。
同じ生物委員会の面子からはともかく、その不愛想さから下級生からは怖い人、と思われているのが定番だが。

「きり丸に聞きました、あの女の人、どうにかしてくれるって!」

嬉々として団蔵が言うと、佐吉と左門も雨彦の方を見た。
一気に集まった視線に押され、一度息をつく。

「摂津の奴……」
「あれ、二人だけの秘密だったりしました?」
「別にそんなんじゃないが……あまり声高に言うな。あの女の耳に渡る」

雨彦は唇の前に人差し指を添え、団蔵もはっとしたように口を手で塞いだ。

「すいません、だって格好いいって思って……!」
「……そうか」

雨彦が団蔵から視線を反らす。

「団蔵、止めてやれ。雨彦が照れてるぞ」
「……ほっとけ」

指摘すると、睨まれた。

「お前、いつからそんな下級生に好かれたんだ」
「知らん、帰ってきてからこれだ」
「先輩が初めてなんですよ、あの人にああいうこと言ったの。みんな、あの人にきつくすると良くないことが起きちゃうんじゃないかって、遠慮してたんです」

雨彦があの女にとった態度は、学園の皆が言いたくても言えなかったことだ。
素性を聞いても訳の分からない事しか言わず、そのくせこちら側のことをよく知っている。
何者なのかと聞いても、やはり納得できる返事ではない。

「あの女が何者であれ、ここには邪魔だ。……どうにか事を回して、別の所にやるしかない」

そのうち、誰かが言い出すことだった。



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ではどうして、追い出すと言うお前はそんなに思い詰めた顔をするのか。

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