補充2

□道を外れた者へ
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人を愛してしまった
人を…
自身はガンダムでありながら
愛してしまったのだ

信頼が欲しかった訳ではない
貴方自身が欲しかったのだから……

その野望さえも見事に打ち砕かれてしまったが



音がする
水のはねる音が近くで聞こえる
水車の音が少しばかり遠くで聞こえる
意識が戻り、視界に映るのは木目の天井
生きている…
思わずそう呟けば戸が開く音がした
目だけを動かし見やれば知っている者が魚の入った竹かごを片手に戸をくぐっていた
釣竿を戸の横へと立てかけ上がってくる

『起きたかデスサイズ、いや…ディード』

落ち着いた声がディードへと投げかけられる
近くに腰を下ろし、竹かごを置く
起き上がり、少しばかり気まずそうに目を伏せ俯くディードにその者は笑う
武者のような鎧を身に纏っているその者はディードの事を知っているようで頬をかいている

「…何故、私は…」

『救える命は救う、それが俺だからな』

ゼロに体を貫かれたはずだった
あのまま谷に落下し、自身の命など事切れることなど分かっていたのだ
だがしかし、生きている
ディードは生きてしまったのだ
デスサイズとして、生きてきた
仲間を裏切り、ただ他を利用し人間になる為にダークアクシズに寝返ったのだから…
そんな自分が生きている事自体可笑しな話であった

「…何故、生かしたのですか」

『救える命を見捨てる何て事は俺には出来ないな』

たとえお前がラクロアを滅亡へと導いた張本人だとしても
救える命なのだ

『それにお前には色々と世話になったからな』

「……」

無言のまま、言葉を返さないディードに武者は浅く息を吐き笑う
頭を優しく撫で背を軽くさすってやる
その優しさがディードには息苦しく胸を苦しめる
眉間にしわを寄せ俯いたままのディード

『ディード、俺がいるうちは死なせないからな』

心の内で考えていた事を見透かされる
ディードの瞳が揺れ、拳を強く握り締める

「何故…!私はあの時…!」

『何度も言わせるな』

ピシャリと言葉は跳ね除けられ、ディードは口を閉ざす
武者は真剣な目つきのまま、ディードを見ている
彼の決意は決して揺るがないだろう…そう、決して
少しの沈黙があり、武者は思い出したかのように竹かごを掴み立ち上がるといそいそと何かし始める
ディードはただ黙って顔を俯かせたまま自分の手元を見るばかり

『ディード、お前は死んだ。アイツ等の中では』

デスサイズとして、敵とした
死んだ
それでいいではないか
武者は言いながら、釣ってきた魚に串を刺していく
先に囲炉裏に火は灯っていたらしく、武者は串を刺した魚を火の近くにたてると焼きだす
所謂、魚の串焼きである
パリチ、と…灰から火花が散り小さな音をたて弾ける

『俺は何度だってお前を救う、それが自分勝手なことだとしても』

火箸で灰の様子を確認しつつ、魚から目を離すことなく武者は淡々と喋る

「…零丁」

小さく零れ落ちた名に、武者_零丁は一瞬だけ目だけを動かしディードを見やる

『…昔、お前が俺に教えてくれた事は無駄じゃなかったし、今でもしっかりと俺の胸に刻まれている』

戻された視線の先にあるのは揺らめく炎
火花が散る、外から聞こえる水車の音や鳥や風の音
暖かな空間

『俺はお前に死んでほしくない』

「っ…」

布団の上へと落ちた小さな雫
それは一つ二つと増えていき、ディードの目から零れ落ちていく
悲しさからなのか、嬉しさからなのか…
それは零丁には分からない
一度道を外してしまえば戻れない、それはディードも十分分かっているはずだった
分かっているからこそ、今こうして死んでほしくない引き止めてくれるものがいるのか、と……思ってしまうのだ

「零丁…、私は愚かな事をしてしまった」

嗚咽が混じった声で投げられた言葉に、ただ耳だけを傾ける
今更懺悔して何になると、普通なら言うだろう
道を外してしまった後に後悔しても遅いと、誰もが思ってしまうだろう
零丁は目を細め、火箸で灰をつつく

「もし…やり直せるならば―――」



あの懐かしき日に戻りたい




『あぁ、少しずつ償っていこうな』

それが道を外れた者へ贈る
言葉であった



END

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