短編集

□秘
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新撰組が屯所代わりに使っている壬生の屋敷。そこからしばらく歩くことになるが、飲み屋や小物店など、ある程度はそろった通りがあり、そのあたりの飲み屋は島原まで足を運ぶのが面倒なとき、はたまた島原で遊ぶほど懐が潤っていない隊士たちによってなかなか繁盛していた。

その飲み屋の一軒にて。

永倉は、二番組隊士の柿崎と共に飲んでいた。

柿崎は23,4の男で、剣の筋がめっぽういい。そして、ここのところ更に一生懸命に剣の稽古に精を出しており、永倉だけでなく、ほかの剣術師範達にもすこぶる評価が良かった。男気にあふれているし、一本気だし、永倉も特に気に入っており、こうして時々一緒に飲みに行くことが増えてきたのだが。


「お前なぁ、柿崎・・・。その暗い顔、何とかなんねぇか?」

永倉は、本日何度めかの言葉を吐いた。酒やつまみの乗った机をはさんで座る柿崎は、あからさまに凹んでいる。

はぁ、と永倉はため息をつく。

「お前が落ち込んでっから、飲みに誘ったんだがよ・・・。なにがあったんだよ。今日お前に稽古をつけた斉藤も首をひねってたぞ。まるで心ここにあらずだったって。」

柿崎はもぞもぞと体をうごかすと、はぁ、とため息をついた。その姿に、永倉の堪忍袋の緒がぶちっと切れた。

「てめぇ、柿崎!二番組組長の俺が聞いてんだ、さっさと答えやがれ!メシがまずくなるってんだ!」

ばんっと机を叩いて柿崎を恫喝すると、少し迷った後、柿崎は小声で言った。

「実は・・・失恋いたしました。」

そっぽを向いて酒を飲んでいた永倉は、ぴたりと手を止めた。

「・・・失恋?お前がか?」
「・・・はい・・・。」

永倉は、体を引いて目の前の男をしみじみと眺めた。

柿崎新之助。眉が秀でた濃い目の顔つきで、ちょっとした役者のようだ。背も高く、一緒に巡察していると、柿崎をみてきゃぁきゃぁいっている娘達がいるのを知っていた。それが、失恋か・・・。

「そうか・・・うん、まぁ、そんなこともあるよな・・・。俺なんて、島原の姉ちゃんたちにはいっつも失恋してるぜ?原田せんせがいい〜とかいわれてよ。ほら、飲めよ。」
「そういう・・・玄人の女の話ではありません!」

あれ、柿崎、酔い始めたのか?

「そういう、そういう話ではないのです!私は、本当に慕っている女性に思いを伝えましたが、さっくりと断られてしまったんです!」

なんだよ、お前結構暑くるしい・・・いや、熱い奴なんだな。

「そうか・・・いや、茶化したわけじゃねぇんだが。で、そのお前を断ったって女は、誰だ?どこで知り合ったんだ?」

柿崎は、ふっと黙り込んで、下を向いた。

「おいおい、ここまで言っといて急に黙るなよ。どんな女なんだよ、お前をけんもほろろに袖にした女は。」
「名無しさん先生です。」

永倉は、口に運んだ猪口から思わずだーっと酒をこぼした。しかし柿崎はうつむいているためそんな永倉に気づかない。無言でこぼした酒をぬぐう永倉をよそに、柿崎は話し続けた。

「名無しさん先生が屯所に見えたときから、おきれいな方とは思いましたが、それだけでした。きれいな女性なら、島原にも、街中にもたくさんおります。ですが、名無しさん先生は、とても・・・自立していらっしゃいます。そして、とても強い。」

そうだな。あの土方さんにくってかかるくらいだもんな。

「医術の腕は相当だと思いますし、とても思いやりがある女性です!」
「お前・・・もしかして、名無しさんちゃんに治療して欲しくて、稽古に熱入れてたのか?」

うっとつまったあと、柿崎がうなる。

「その・・・そんな下心ではありません!私は少しでも剣の腕を磨いて-----」
「わかったわかった。それより、お前名無しさんちゃんになんて言ったんだ?」
「お慕いしていることと・・・できれば、将来的には私と所帯を持っていただきたいと・・・」
「で、断られた。」

はぁ、と柿崎がため息をつく。そして、きっと永倉をにらみつけた。

おっ?何だよ、俺にくんのか?

「そもそも、局長も副長も、永倉先生やほかの先生方も、名無しさん先生について、どうお考えなんですか!?」
「んん?どうって、なんだよ?」

柿崎はいらいらとした表情で、

「あんな女性が、男だらけの新撰組に身をおくということです!まさに狼の群れの中の羊!何かあってからでは手遅れですよ!」
「何かって、お前何かしようとしたのか?」

ぼっと真っ赤になった柿崎は、そういうことじゃなく!と机をばんばん叩いた。こいつ、ほんと酔ってるな。

「せめて、松本先生のところへ身を寄せるとか、あるじゃないですか!方法が!」

永倉は、自分で猪口に酒を注いで一気に飲み干した。確かに、男所帯に名無しさんがいるのは大変だ。だから名無しさんの部屋は幹部達の部屋に囲まれているし、外出時は誰かがついていく。

「まぁなぁ・・・。で、名無しさんちゃんは、なんだって?」
「・・・好きな方が、おられるそうです。」


永倉は、ふう〜ん・・・と、息を吐き出した。そうか、それで、さっくりと振られたわけか。

「まぁ・・・さ。俺は名無しさんちゃんとは仲がいいが、だからって、名無しさんちゃんにお前を売り込むような真似はできねぇぜ?本人が断ってる以上さ。」
「も、もちろんですよ!そんなことは望んでません。今はもう、名無しさん先生の恋が成就することを・・・願うだけで・・・」

結局、この日は柿崎が泥酔するまでのみ、駕籠に突っ込んで屯所まで送った。永倉は徒歩での帰りである。

ぶらぶらと提灯を揺らしながら、永倉は初夏の風が吹く屯所への道のりをゆっくりと歩いた。考えるのは、柿崎と名無しさんのことである。こればっかりは、なぁ・・・。


屯所へ戻ると、下働きの女が出迎え、茶を部屋へ持っていこうかと尋ねたが、永倉は断った。もう夜も遅いから、このままふとんにもぐりこんで寝てしまおう。

部屋に帰って寝巻きに着替え、さぁ寝ようとしたところで、障子の外から声がかかった。


「永倉先生。」


そっと障子が開いて、名無しさんが湯飲みを盆に乗せて入ってきた。布団の上に座る永倉の前の畳に、盆を置く。

「今日は、ずいぶん遅いお戻りだったんですね。よいお酒を召し上がられたんですか?」
「う〜ん・・・微妙だな。特に、柿崎は。」

柿崎、という言葉に、名無しさんが あ、という顔をする。

永倉は苦笑しながら、湯飲みを持った。

「色々聞いたぜ。柿崎の奴、自棄酒飲んで、酩酊状態だ。」
「・・・色々、って・・・」名無しさんが少し赤くなる。
「柿崎、名無しさんちゃんに惚れたって言ったんだろう?でも、さっぱりと断られたって。名無しさんちゃん、そんなこと俺に何もいわねぇんだもんな。」

名無しさんは真っ赤になりながら、お断りしましたし、とか、永倉先生の組の方なので気になさると、とか色々うつむいてつぶやいていたが、その様子がなんだかすごくかわいくて、永倉は名無しさんの肩をつかんで一気に自分に引き寄せた。

「で、好きな人がいるんだって、名無しさんちゃんは?それって誰のことだ?」

名無しさんは更に真っ赤になって、永倉の胸をどん、と叩いた。

「そんなの・・・今更・・・」


永倉は名無しさんを胸に抱きしめると、くすくす笑って謝った。

「わりぃわりぃ。いや、ちょっと妬いちまったんだよ。」

そういって、名無しさんの顔を上げさせると、そっと落とすように口づけをした。




悪いな、柿崎。名無しさんちゃんはずいぶん前から俺のもんなんだ。お前にはやれねぇなあ。



名無しさんの瞳が期待を含んで永倉を見つめている。永倉が、そっと灯りを消した。




*なんだかベタベタの二人が書きたかったのです。永倉さん、好きだなぁ・・・。

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