短編集

□花見
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桜のつぼみがほんのり色づき、膨らみ始めたころ。屯所の中でも、膨らみ始めた恋のつぼみが見受けられました。

「なぁ、名無しさんちゃん、花見の季節になったら、一緒に行こうぜ!うまい弁当一杯もってよ!」
「平助、その弁当ってのは誰が作るんだ。どうせ名無しさんの仕事になるんだろうが。」
「原田の言うとうりだ。先生の迷惑になる。」
「そんなことねーよ!総司、お前だっていきてぇだろ!?」
「僕は別に?」

その横でふふっと笑う名無しさん。その様子を、永倉は一人はなれたところで眺めていた。

(そうなんだよなぁ・・・。)

最近、永倉は悩んでいるのだ。どうも、名無しさんと普通に話せない。こうして皆が楽しそうに話していても、自分だけ輪に入れない。いや、入ろうとしない自分がいる。

(なんでなんだろうなぁ・・・。)

そのとき、平助が名無しさんの肩に手を置いた。

(あっこら!)

腹の中でいらっとし、いらっとした自分に動揺する。

(やっぱり・・・そういうことなのかなぁ・・・)

永倉は、情けない思いで抜けるような青空を見上げ、ため息をついた。

永倉が自分がどうもおかしい、と気づいたのは、一月前のことだ。なんだか、気づかないうちに名無しさんを避けていたのだ。食事の世話をしてもらうときも、なんだか尻のすわりが良くなくて、さっさとかきこんでは、まだ食べている皆を尻目に部屋を出て行く始末だった。当然名無しさんも自分が避けられているのに気づいたのだろう、初めは何か物問いたげに永倉を見ていたが、最近では名無しさんもよそよそしい態度を取るようになった。

そんなときに、平助が名無しさんの肩に手を置いたのを見て、「いらっ」である。さすがに永倉も、自分の気持ちに気がついた。

(そういうことなんだろうなぁ、やっぱり・・・。)

だが、もう遅い。今は名無しさんが自分を避けている。それはそうだろう、あんなにあからさまに避けられたら、理由はわからなくとも腹も立てるに決まっている。以前、まだこんな感情を持つ前のほうがよほど仲が良かったというものだ。

永倉は、空を見ながら、またひとつ大きなため息をついた。


そんな日の夜。気分転換にと屯所のそばを流れる小川へ足を運んだ永倉は、水辺にしゃがみこむ名無しさんの姿を見つけた。あっと思った瞬間、名無しさんがこちらを振り返った。驚いた様子の名無しさんは、すっと目を伏せると、すみません、とつぶやいて永倉の横を通り過ぎようとした。通り過ぎる瞬間、ちりりん、と軽やかな音が聞こえた。

鈴の音だ。

思わず、永倉は名無しさんの腕をつかんだ。

「!な、ナンですか!?」
「あっ悪い!すまねぇ!」

あわてて手を放した永倉の目に映ったのは、名無しさんの帯に根付としてゆれている、銀色の鈴。以前、永倉が名無しさんのためにと購入して渡したものだ。

「名無しさんちゃん・・・その鈴、診療箱に付けるんじゃなかったのかい?」
「・・・」

名無しさんはだんだんうつむくと、小声で最初はそうしてたんですけど・・・とつぶやいた。

「なんで、根付代わりにしてんだ?」
「・・・なんでって・・・」

最近そばにいてくれない永倉先生の代わりに、いただいた鈴だけでも身近にいて欲しくて、などとは名無しさんにはとても言えるわけもなく、そのまま黙ってしまった。

そして、そんな気持ちが永倉にわかるわけもなく、永倉も黙ってしまった。

小川が流れる音に、爽やかな風が揺らす草の音。二人はただ黙ってそんな音を聞いていた。

やがて、口を開いたのは永倉だった。

「・・・名無しさんちゃん、・・・ごめんな。俺、最近ちょっとおかしいんだよな。その、なんと言うか・・・。あせってるっつーか、いらついてるっつーか・・・。でも、名無しさんちゃんのせいじゃないんだぜ。自分で自分に腹を立ててんだ。今日だって、皆が名無しさんちゃんを花見に誘ってるときに、自分も行くっていやぁ良かったんだけどよ、結局言えずに・・・。俺も、一緒に行っても良いか?」
うつむいていた名無しさんは、うつむいたまま答えた。

「無理です。」
「えっ・・・」

くすり、と名無しさんは笑うと、永倉を見上げた。
「無理なんです。だって、私断りましたから。花見はなしになりました。」
「えっそ、そうなのか。花見、なくなったのか。でも名無しさんちゃん、冬頃から、はやく桜が見たいって言ってたろ?なんで・・・」

「一緒に行きたい方が、いかれないようだったので、お断りしたんです。」

言うなり、また名無しさんはぱっと下を向いてしまった。しかも、今回は夜目にもはっきりわかるほど、顔を真っ赤にして。

それはつまり・・・

永倉が、そっと名無しさんの耳に顔を寄せて、何かささやいた。名無しさんがうれしそうに、頷く。



数日後、満開の桜の下、永倉の好物ばかり入った弁当を広げて花見をする二人を発見した平助が、肩を落として屯所に戻ってきたことを二人は知る由も無い。

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