短編集
□お互いに
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「うん、これうめぇ!」
平八が椀を一気に空けて、うれしそうに大声をあげた。
「平八、ガキかお前は。うまいもん食ったからって、さわぐんじゃねぇよ。」
隣に座る原田が苦笑しながら平八をいさめる。
「いやだって、左之さん、これまじでうめぇよな!」
屯所のある日の夕食時。平八だけでなく、集まった幹部たちはみな名無しさんの作った味噌汁を褒め称えていた。
「・・・大げさですよ・・・///」
名無しさんはうつむき加減に、給仕をしている。
「先日治療した患者さんのご家族が、治療代として昆布をお持ちくださって・・・。鰹節があったので、両方でお出汁をとったんです。」
この時代に来て名無しさんが驚いたのは、意外と食事が「うまくない」ことである。なんとなくここに来る前は、素材の自然な味が生きていて、おいしいに違いないと思っていたが、実のところは出汁をとる昆布などは高級品で毎日使う事など出来ないし、もといた時代の味付けが当たり前だった名無しさんには、結構衝撃だったのだ。
それで、昆布が手に入ったのを幸い、贅沢に出汁をとって味噌汁を作ってみた。それで、今の騒ぎとなったのである。
「お代わり!」
「俺も。」
「僕ももらおうかな。名無しさんちゃん意外と料理うまいんだね。」
「総司、いやみな言い方するならお代わりするなよ。減る。」
くすくす笑いながら、名無しさんは味噌汁のお代わりのために台所へと足を向けた。
(本当は・・・)
ちらりと部屋の中を覗いて、名無しさんはため息をついた。
(永倉先生にも食べて欲しかったんだけど・・・)
今夜は二番隊が夜番であり、永倉は席にはいない。戻りは深夜になるだろうし、それまでには、この幹部たちの食べっぷりでは、味噌汁の鍋も空っぽになりそうだ。
(う〜ん・・・)
鍋から味噌汁をよそいながら、名無しさんはちらりと永倉の膳を見た。
(・・・また作るか!)
洗い物を済ませ、皆が部屋に戻った後、名無しさんは台所へやってきた。コトコトと音を立てながら準備をしていると、斉藤がやってきて声をかけた。
「あんたか。何故いまどき料理をしている?」
「あっ斉藤さん!あ、いえ、これは、ああの、明日の準備です!朝餉の準備をしておこうと思いまして、それで!」
「・・・そうか。」
斉藤が桶から水を汲み飲む間、名無しさんはだまって火加減を見ていた。
・・・気まずい。朝餉の準備なんて夜にしたこと無いのに、何かおかしく思われちゃったかな?
「・・・永倉はもうすぐ帰ってくると思う。」
「・・・///!」
あわあわとする名無しさんを一人台所において、斉藤は部屋へ戻っていった。
一刻後。屯所の玄関口が騒がしくなった。名無しさんはパタパタと玄関口へ走ると、今夜は特に捕り物もなかった様子の隊士たちにほっとしながら、永倉をそっと探した。
「あれぇ、名無しさんちゃん、なんだまだおきてたのか!?早く寝ないと明日つらいぜ!?」
夜が逃げるのではないかと思うほどの明るい笑顔がそこにあった。名無しさんの頬が上気する。
「お帰りなさいませ、永倉先生。お疲れ様でした。お茶をお部屋にお持ちしましょうか?」
「ああ、そうだな、それと何か食うものも用意してくれ。握り飯くらいでいいからよ。」
他の隊士たちとともにどやどやと進んでいく永倉を見送ると、名無しさんは早速台所へ行って、味噌汁をよそい始めた。
すると、部屋へ向かったはずの永倉がひょいと顔を出した。
「名無しさんちゃん。」
「あっ?永倉先生、どうなさったんですか?今お部屋に・・・」
「いや、今日これを見つけてさ、名無しさんちゃんにどうかなと思って。」
永倉の差し出した手のひらに、小さな紙の包みが乗っている。・・・?名無しさんが手に取ると、ちりりん、と小さな音がした。
「鈴、ですか?」
包みを開けると、銀色の小さな鈴が、淡い桜色の糸であまれた紐に結び付けてある。
「ああ、名無しさんちゃんに似合うと思ってさ。買ってきたんだ。いつもがんばってくれてるからな。」
「ありがとうございます、永倉先生、診察箱に付けますね。移動するときにいい音がなりますね。」
「ああ、いいじゃねぇか。ほんじゃ、なんか食べるもの頼むぜ。」
永倉が台所を出た後、名無しさんは自分の頬を両手で押さえた。
(・・・私、あからさまじゃなかったよね?)
自分が永倉に惹かれていることを知られたくない。自分はいつ元の時代に帰るかもわからない。だから永倉に対する気持ちは封印したのだが、それでもやはり、抑えきれない・・・。名無しさんは鈴を握り締めると、その手にそっと口付けた。永倉先生が、くださった鈴。意味は無いんだろうけど、やっぱりうれしかった。
一方、台所を出て、自分の部屋へ戻った永倉。
「うわぁぁぁぁ〜・・・」
息と一緒に吐き出すと、床にどかっと腰を下ろした。
(俺、変じゃなかったかな?)
隊務から屯所へ戻る道すがら、いかに「さらっと」鈴を渡すか練習した効果はあっただろうか?名無しさんちゃんには、怪しまれなかったかな?うれしそうに受け取ってくれたのを思い出して、永倉は自分の頭をがしがしと掻いた。妹みたいに扱ってるから、今更この関係を変えたいってもなぁ・・・
そこへ、名無しさんの声がした。
「お、おう、すまねぇな、名無しさんちゃん。」
障子を開けると、そこには膳にのった、ごはんと味噌汁、そして漬物。
「あれ、ずいぶんちゃんとしたの作ってくれたんだな。面倒だったろ?」
名無しさんはふるふると頭を振って、「今日のお味噌汁は特別なんですよ。お出汁をたくさん効かせてあるんです。」そういって、永倉の前へ膳を置いた。
「へぇ、確かにいいにおいだな。味噌のにおいも作りたてみてぇにしっかりしてるな。」
「あ、はい、なくなってしまったので、もう一度作ったんです。」
「え!?なんだ、作ってくれたのか?悪かったなぁそいつは。」
「いえ、永倉先生に食べて欲しかったので・・・」
・・・。
「あ・・・そうか?うん・・・ありがとう・・・」
「いえ・・・そ、それじゃこれで・・・」
名無しさんはさっと部屋を出ると、パシンと障子を閉めてぱたぱたと逃げるように行ってしまった。
たまたま隣の原田の部屋に居合わせた原田と平八。
「かぁーっ!新ぱっつぁん、なんであそこでびしっと決めないかね!回りで見てる俺たちはもうじれったくてなんねぇ!」
「そこが新八の新八たる所以だ。そして、どうやら名無しさん先生も、同類だな。お互い気づいてねぇ。」
俺たちが一肌脱ぐしかないのかねぇ、と一杯傾けながら飲む二人の耳に、永倉のため息が聞こえた。