Man and Van NEW!

□Man and Van -引越し-
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朝6時に鳴った目覚ましを叩き壊すかのように止め、俺はゆっくりとベッドに起き上った。ナイトテーブルの上の煙草に手を伸ばすが、生憎空っぽだった。しょうがなく立ち上がり、窓辺へ行ってカーテンを開けた。

さぁっとまぶしい朝日が飛び込んできた。陽を浴びながら、思い切り背を伸ばす。


さぁ、今日も張り切って出勤だ。



俺は家から車で15分のオフィスに到着した。ここは「桜 Man and Van」といういわゆる引越会社だ。多角経営で一気に頭角を現した桜カンパニーの社長、近藤氏の一言で(おそらく)遊び半分に作られたこの引越会社、意外と人気が出てきてこのところ休日出勤もあるほどだ。

経営を任された土方さんが思いついた経営方針は、「他社との差別化」。よくある話だが、実際に土方さんは「差別化」に成功した。 昔どっかの国に出張で行ったときに知ったらしいが、その国では日本式の引越し業者はおらず、基本的に引っ越す本人たちが自力で車を運転して荷物を運ぶそうだが、当然運転できない人や非力な人たちもいるわけで、そういう人たちのために、電話一本で駆けつけて、荷物の運びを手伝う男たちがいるそうだ。荷造りや荷解きなどは一切しない。ただ、運ぶだけ。土方さんはそれに、もう一工夫した。


「・・・ご指名システム?」

ホワイトボードを背に説明する土方さんに、俺たちはぽかんと口を開けて問いかけた。

「だから。ホームページにお前たちの写真とプロフィールを載せる。客は気に入ったスタッフを雇う。事前に引越しスタッフを指名できるサービス、それを桜Man and Vanのウリにする。」

しばらくの沈黙の後、俺たちは一斉にがなりたてた。

「デリ○ルかよ!」
「人気投票かよ!」
「客がババァだったらどうすんだよ!」

土方さんはホワイトボードをがつん、とこぶしで殴って俺たちを黙らせた。

「最後の『客がババァ』発言は置いといて、だ。そもそもこんなに引越会社がはびこる日本で新規参入しようとしたら、相当他社と差別化しねぇとやってけねぇぞ。幸いお前らはそこそこ顔がいい。媚び売って常連客作って来い!」




「あ〜あ、引越会社の常連客ってなんだよ。人はそんなに引っ越すものかよ?」

ミーティング後、平助が缶コーヒーを飲みながらぶつくさつぶやいた。

「まったくだね。近藤さんは土方さんを買いかぶりすぎだと思うけどね。なんでも任せちゃうんだから。」

総司は相変わらずつまらなさそうにいうと、飲み終えたコーヒー缶をいじっている。

「ま、そういうなよ。確かに俺らは力はあるし、見た目も、な。」

左之は相変わらずだ。こいつなら「引越会社の常連客」とやらも、何人も作れそうだ。こいつに会うためにひと月毎に引越しする女も出てくるんじゃないか。

「・・・俺はどうでもいい。仕事と割り切るだけだ。」

斎藤はな・・・こいつは全くの平常心でやってけそうだな。


このとき俺は真っ青の空を見上げた。こんなんで大丈夫なのか、という漠然とした不安と、大学時代の剣道部の仲間たちとまた一緒にいれる楽しさが混じって、なんとも言えない気持ちだった。俺は缶コーヒーをごみ箱に捨てると、よっこらしょと立ち上がった。


「まぁよ。とりあえず、やってみるのがいいんじゃねぇの?」

ニカッと笑っていった俺に、仲間もうなずき返したのだ。




朝礼で俺たちは当日の予定を聞かされる。今日は俺と左之が一緒にご指名を受けた。総司は一人、平助と斎藤がペアだ。

「・・・で、永倉、原田のペアはオプションで家電の設置もだ。10時に資料にある住所で依頼主と待ち合わせだ。そのあと荷物を積んで、新住所へ移動。」

そういって、土方さんはなぜかにやりと笑った。ん?と思う俺を、左之が肘でつつく。

「新住所。見てみろよ。」

多摩ハウス202号室。おいおい・・・。

総司がふっと吹き出す。



「新八さんの新しいお隣さんだね。」

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