短編集

□紅葉
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俺は八木家の門で、外を眺めていた。遠い山が紅葉で美しく燃えている。今が見ごろだから、もうすぐ散り始めるのだろう。外出する隊士や、戻ってくる隊士立ちの挨拶に適当に応えながら、俺はしばらくの間、立ち続けていた。

ぽつん、と雨粒が頬に当たった。

空を見上げると、薄く刷毛で一塗りしたかのような雲が浮かんでいる。大した雨にはならないだろう。だが俺は八木家の玄関口へ戻ると、下働きの女中に声をかけ、傘を借りた。

ばさっと音を立てて、傘を広げる。雨はひどくならず、ぽつん、ぽつん、と小さな音を立てて落ちてくる。

光縁寺までの道のりを、ゆっくりと歩く。時折道端に植えられた紅葉の木から、赤く燃えた葉がひらひらと落ちてくる。大した雨ではないので地面は乾いており、赤い葉は張り付くことなく、かさりと落ちた。

光縁寺につくと、目指す場所へ足を向ける。とある墓の前に、人影が見えた。俺はしばらく躊躇したが、人影が祈りを終えて頭を上げたのを見ると、そっと歩み寄った。

まだしゃがんだまま、墓を見上げている人物の真後ろに立ち、俺は傘をかかげた。

ふ、っとその人物が俺を見上げる。



「永倉先生。」


名無しさん先生の微笑みは力無い分、優しげだった。

「祈ってたのか?」
「はい。力及ばず、申し訳なくて・・・」

名無しさん先生はそういいながら、立ち上がった。先日の捕り物で矢口が怪我を負い、先生の手当てもむなしくなくなった。実直な働きぶりに好感が持てる男だった。

「ま、先生のせいじゃないだろ。」

俺は軽く言ってみる。重苦しく慰めを言ったところで、きっと名無しさん先生の心は晴れないだろう。

名無しさん先生は静かにうなだれたままだ。


先生の後ろに立ちながら、俺は名無しさん先生との会話を思い出していた。


(たとえ慣れてしまっても、変わらないと、約束してください。)


俺の手を握りながら、先生はそういった。そのおかげなのか、俺は毎日の隊務で心をやられることも無く、まともに生きている。


じゃぁ、先生はどうなんだろう?


名無しさん先生の細い肩を見た。この細い肩に、俺たち新撰組の命を預けてるんだよなぁ・・・。それはなんだか、とても酷いことのように思えた。

「戻りましょうか。」


先生が振り返り、微笑みながら言った。

俺は傘をさしかけながら、一緒に歩き始めた。

寺の門をくぐるとき、さぁっと風が吹き、紅葉とともに、霧のような雨が吹き付けてきた。とっさに俺たちは門の影に身を隠す。


自然と俺の胸の辺りに先生の頭が来た。先生の体は横を向いているから、見下ろしても、表情は伺えない。だが、なんとなく、涙を流さず泣いているように思えた。



俺は傘を握る右手を見つめた。この手で沢山斬ってきた。この手を先生が握って、変わらないでくれと言ってくれた。


慰めてやりたいけど、この手では名無しさん先生を触れねえな。


だから俺はただ、遠くの紅く燃える山を眺めていた。先生に触れないよう、ほんの少しだけ体を離して。先生も、俺に話しかけることも、触れることも無かった。


ただそばに立つだけなのに、痛いほどの存在感を感じた。実際には存在しない熱が生まれるのを感じた。



この熱は何だろう?単に、俺が紅葉に酔ってるんだろうか。



俺たちは、雨がやんでもただ黙ったまま、立ちつくした。

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