空想部屋ーmusicー(仮)

□奏
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言が留学を決めたのは2カ月前。

時間はなんてあっという間に流れるのだろう。

自分で決めたことなのに言は最愛の兄、后と離れるのが辛かった。

言は后と会ってからいろんな感情を知った。
愛情を得た言は喜びだけじゃなく寂しさや切なさ、遣りきれない想い、痛みも覚えていった。
それでも后がいつも傍に居てくれるからいつも幸せだった。

例え、言が后に向ける愛情と后が言に向ける愛情が違うものだとしても……
構わなかったのに。

兄に恋人が出来たとき、言は目の前が真っ白になった。

常日頃、結婚しようだのと言ってはいたがそれが無理なことくらいは分かっていた。だからこんな日がいつかくることくらい覚悟していたのだ。

兄は以前と変わらず言を可愛がったし大切にしてくれた。
それでも后が彼女を見つめる時の幸せそうな顔をみるたびに心が抉れていく気がした。

「言、本当に1人で大丈夫か?」
改札の前で后は荷物を言に渡しながら言う。凄く心配そうだ。

「大丈夫だよ、向こうに行く前に寄りたい所が沢山あるんだ。この町は兄さんと出逢った特別な場所だから」

言がそう返すと后は少し不機嫌そうに「だったら俺も付き合うのに、ってか何かもう会えないみたいじゃん俺ら!いいか?留学はあくまでも社会勉強の
一環で……って言?何わらってんだよ!」

后は眉間に皺を寄せながら言の顔を覗き込んだ。

「いや、だって兄さん。 お父さんみたい。あはは、おかしい。本当の親はあんなにあっさりしてたのにね」

実際、闇王である父は言の留学をあっさり認めた。
一年だけという条件付きだったが言には充分だった。因みに能力の使用も禁止された。

「……心配なんだよ、当たり前だろ、大事な弟なんだから」
后はそっと言の手を握りながら真っ直ぐな瞳を向けた。

こういうことを無意識でするから晴明みたいな変な奴らに好かれるのだろう。

「でも、大人になったな言。嬉しいけど少し寂しいかな?」
どこか無理して笑う后を言は抱きしめたいと思った。けど……

「兄さんと出会ってもう4年もたったんだ、いろいろ教えてもらって…ねぇ、兄さん?」

「何?言?」

言は抱きしめる代わりに握った手にギュッと力を込めて后に願うように尋ねる。

「僕はちゃんと変われた?兄さん、教えて、僕は少しでもまともな人間になれたかな?」

「……………」

后は一瞬、瞳を大きくした後暫く黙ってしまったので
言は少し不安になってしまう。


「本当に…………大人になったんだな、言。……もう大丈夫だよ言は、でも」

「でも俺はずっと、ずっと言を守るから!」

「兄さん、ありがとう……」

あぁ…泣かないって決めていたのにな、ダメだった……。
言は安心したのと嬉しいのとで涙が溢れるのを止められなかった。

いつだか晴明に言われた事がある。
言の幸せは常に后の犠牲の上にあると、
その時は納得がいかず晴明を殺してやろうと思ったが(勿論后に止められた)今なら痛い程分かる。
だからどんなに辛くても兄さんを独り占めしたくても、兄さんの大切な人は傷つけないと決めたのだ。
留学するのも傍にいるのが辛いからではない。
自立をして兄さんを安心させてあげたかった。
でもずっと不安だった。
それが正解なのか……
僕はまた間違っているのではないかと……


「言……俺の願い。叶えてくれたんだな…」
后は少し涙目で言を見て笑った。
そして言の涙を拭った。
「ありがとう、言。大好きだよ。」
后は言の手をそっと放した。

兄さんの願い。

言は聞かなくても知っていた。

兄さんの幸せは僕の幸せだ。

そして僕の幸せは兄さんの
幸せ以外あるわけなかった。

これが絆というものならどんなに離れても壊れることはない。

「もう、行くよ兄さん」

言は最後に笑って手を振った。

ー兄さん、ありがとうー

鳴り響くベルの音の中、兄さんが泣いてる気がした。



さよならの代わりに……



end

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