夏目 壱辻屋 [dream]

□15歳 春
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帰り道、同じクラスの近くの席の子とは早々に家路を分かち、木月は一人で歩いていた。

新しい学校の新しいクラスで、教室内はグループ作りのための自己アピールや探り合い、時には牽制に満ちていた。
しかし木月は中学から続けている吹奏楽を高校でも部活でやると決めていたため、友人はそちらで出来ればよいと割り切っていた。
この高校の吹奏楽部は県レベルでは割と優秀で、団体でも小編成でも、コンクールで毎年良い成績を残している。通常の部活練習に加え、朝練やときには昼練もあることは容易に想像がつき、クラスの友人関係は希薄になるだろうと思っていた。

早く楽器を吹きたいな。そう思いながら歩いていると、すこし遠くの道端に人が立っているのが見えた。
風になびく銀色の長い髪。朝礼で見た"その人"だ。
朝よりも近くで"その人"を見ると、とてもきれいな顔立ちなことが分かった。きれいすぎて性別が分からない程だ。年齢は木月よりも少し年上に見える。
木月が立ち止まると"その人"は木月に気づき、木月に向かって微笑んで手を振った。
この人は私を知っているのだろうか、私の家がこっちにあることを知っててここにいるのだろうか。
佐和は分からないことだらけだったが、何故か怯えや恐怖は全くなかった。

木月が"その人"に向かって歩き出そうとしたその時、後ろから声がした。

「やめろ!」

びっくりして木月が振り返ると、朝礼で"その人"の方を睨んでいた男子が、息を切らせて立っていた。
今のは私と"その人"、どちらに対して言ったのだろう。そう木月が思っていると、男子は"その人"を見据えながら木月と"その人"の間まで歩き、木月のほうに向いた。

「驚かせて御免。ここから先は、・・・危ないから。出来たら違う道を通って帰った方がいい。」
「危ない、って・・・?あの、何か知ってるの?」

木月がそう問うと、男子は気まずそうに黙ってしまった。"その人"は今は木月ではなく男子を見ている。観察しているような目つきだ。

「質問の仕方が悪かったかも・・・。"その人"のことを、何か知ってるの?あなたの後ろにいる、銀色の髪の人。」

木月がそう言いなおすと、男子は驚いたように木月を見つめ、それからくるっと後ろを向いて"その人"を見つめた。
男子と"その人"が見つめあった状態で、三人はしばらく沈黙した。やがて口を開いたのは男子だった。

「君には、あの人が見えるんだね。俺も、見える。でも多分、他の人には見えない。」
「それって・・・?だから朝礼の時、誰も騒がなかったの?」
「ああ。あの人は、妖だ。俺は妖が見えるんだ。」
「でも私、こんなこと初めてよ?」
「あの妖は特に妖力が強いみたいだし、何故か君に姿を見せたがっている。だから見えるんじゃないかな。」

木月はわけが分からなかった。男子とではなく、直接"その人"と話がしたかった。
するとその気持ちを察したかのように"その人"が木月に向かって歩いてきた。男子はそれを制しようとしたが、思いなおしたのか素直に道をあけた。
"その人"は木月の前に来ると、木月に手を差し伸べて言った。

「星笛。」
「星笛?名前ね?私は木月。木月佐和。宜しく。」

木月は星笛と握手をした。妖だという星笛の手は、確かに人間の肌の感覚ではなく、圧縮された空気のようだった。
星笛の手の感覚を確かめると、木月は男子に向き直って言った。

「貴方も。宜しく。心配してくれてありがとう。」
「いや・・・。俺は夏目。夏目貴志。宜しく。」

そう言って夏目は微笑んだ。
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