執事たちの恋愛事情
□お嬢様と過ごすお嬢様の夏休み
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「お屋敷のみんなは夏休みってないの?」
サロンでアイスティーを飲みながら雑誌を読んでいたお嬢様がふと、そんなことを尋ねてきた。
「ございますよ。毎年順番でいただいております。」
俺は質問に答えながらお茶請けの皿を置いた。
「桃?美味しそう」
「はい。タルトです。」
お嬢様はフォークをそっと入れて、美味しそうにほうばった。
彼女がここに来てから何カ月だろうか。
最初の頃は慣れない環境に戸惑っていたお嬢様だが、今ではそんなことが少しもうかがえないくらい立派になられた。
そのせいか、一つ一つの動作が上品だ。
全てお嬢様の努力の成果だと褒めるといつも決まって「皆のサポートと、励ましがあったからよ。」とはにかんで、ありがとうと言うのだった。
俺はお嬢様の、一生懸命な所と健気な姿勢がとても…
「中岡さん?呼ばれてますよ?」
「あ…… はい!」
驚いて顔を上げると真壁が扉のところに立っていた。
「……」
「さっきから真壁さん、ずっと呼んでいたのに…どうしたの?」
「その…なんでもございません。」
「そう?ならいいけど…」
俺はお嬢様に頭を下げると、サロンを出た。
夜、お嬢様を部屋までお送りしてから定例会の行われる部屋へ向かう。
扉を開けるともう既に皆揃っていた。
樫原さんが取り仕切る会は、今日もいつもの調子で進んでいく。
「……それから来週、旦那様と奥様とお嬢様が山梨の別荘へ行かれる事になった。私と大木は屋敷に残る事になっている。中岡はたしか休暇を取る予定だったね。」
「はい」
「それでは…古手川、お前がお嬢様の」
「あの…待ってください。休暇は取りません。お嬢様にお供、させてください。」
咄嗟に口をついた言葉が、頭の中で上手く整理できない。
自分でも驚くほどらしくない言葉が片言になる。
「……。」
そこにいた全員が俺の方を見た。
当たり前だ。まとまった休みのほとんどないこの仕事の休暇を辞退するなんて有り得ない。
体と、心を休める必要もある。
「しかし中岡…」
樫原さんが言いかけるのを制したのは意外にも真壁だった。
「…私も中岡は行くべきだと思います。お嬢様は山梨の別荘に参られるのは初めてですし、気慣れた中岡の方がより良いかと。」
「…それもそうだね。」
樫原さんが古手川の方を見ると、古手川は笑顔で「お嬢様がよりリラックスできるなら、僕もそれがいいです。」と言ってくれた。
「では私がお供させていただきます。」
口調や表情はいたって冷静なつもりだったが、正直浮かれた気持ちには変わりなかった。
「真壁」
定例会が終わって各々、残りの仕事をおわらせそれぞれの自室にもどる時、真壁を呼び止めた。
「…何か用か?」
相変わらずの仏頂面はいつもと同じで冷たいが、今日はいつもよりはあたたかく見える。
「さっきの礼を言おうと思って。」
「俺はお嬢様の為に最善を提案しただけだ。」
お前に礼なんて言われる覚えがない、と言われた。
なんとなくそう言われる気はしていた。
「それでもありがとう。」
と笑いかけると真壁も少し笑って
「しっかりやれよ」と言ったのだった。
お嬢様と過ごすお嬢様の夏休み。
しっかりやるさ。
ーおまけー
〜真壁の見る景色〜
「……。」
さっきから何度も中岡を呼んでいるというのに、あいつは上の空で全く気付いてくれない。
見かねたお嬢様が言ってくださらなかったら、俺はお嬢様がくつろいでいるずけずけと部屋に入って肩でも叩いてやらなければならなかった。
ようやく気づき、部屋を出てきた中岡の顔つきはまるで……
……そう言う事か。
まあ、気持ちが全くわからないわけでもない。
様子を見ているようだと、お嬢様も同じ気持ちであるということは俺でなくても知っていることだろう。
「中岡、樫原さんがお呼びだ。」
ありがとうと言って、中岡は去っていった。