執事たちの恋愛事情
□雨音
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雨音
聞こえるのはただぽつぽつと雨音だけ。
あの時僕は身体が勝手に動いて……
彼女のちいさな
僕より小さな身体を
抱きしめていたんだ。
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暖かい春はもう過ぎて、今年も梅雨がやってきた。
庭の紫陽花はもう咲いただろうか。
今にも泣き出しそうな空を見上げながら庭へ出る。
外はとても蒸し暑くて、少し歩くとしっとりと肌を潤した。
…やがてぽつぽつと雨が落ちてきた。
「少し濡れたな…」
すぐに戻ってくるつもりだった僕は、無論雨具などはもっておらず、東屋に入った。
待っていれば真壁か中岡あたりが迎に来てくれるだろう。
僕は椅子に腰掛けて、雨の降る庭をぼんやりと眺めていた。
ぽつぽつがやがてざあざあに変わったときだった。
植木の向こうからとぼとぼと、歩いてくる影が見える。
それは、ちゃんだった。
「ちゃん?」
「……。」
いつもの太陽のような暖かい笑顔は、今日の空と同じ雨降りだ。
時折涙がまつげを濡らし、頬を伝い落ちる。
「風邪引くでしょ…」
僕は一向に俯いたまま、返事をしないで雨に濡れているお嬢様を東屋の屋根の下へ引っ張りあげ、さっきまで僕が座っていた場所へ彼女を座らせた。
「また、ずいぶん濡れたね。」
「……。」
僕の言葉に相槌すら打たず、ただ涙を流し続ける彼女の衣服は肌に張り付いてしまっていたので、僕は着ていた薄い上着を彼女にかけてやった。
「僕のも濡れてるけど。今から中岡あたりを呼ぶから待ってて。」
そう言って携帯電話を取り出すと、中岡の番号を探す。
「だめ!」
彼女は、突然身を乗り出して携帯電話を取り上げようとする。
その拍子に携帯電話は床を滑り、僕は彼女に押し倒される体制になった。
「あ…の、ごめんなさい……」
「……。」
彼女の濡れた髪の雫が僕の頬に落ちる。
慌てて体制を直そうとする彼女を僕は抱きしめていた。
「あ……晶さん…?どうしたの?」
「……。」
聞こえるのはぽつぽつと、雨音だけ。
「…どうしたの?は君の方だよ。」
「……。」
僕が問うと、彼女は視線を落とす。
悲しげな、見ているこちらが胸を締め付けられるような、そんな瞳色だった。
僕は更に腕の力を込める。
じんわりと、彼女の衣服の水分が僕の服を濡らしていった。
「…っ」
僕は必死に彼女を抱きしめた。
君が泣いてる理由も、僕がこんなふうに君を抱きしめている理由もわからなかった。
でも君が苦しいのなら、悲しいのなら……
どんな形でもいいから力になりたかったんだ。
君が…誰よりも愛しいから……
なんて言えるわけもなく。
僕は腕の中の彼女をそっと起こすと、また椅子に座らせてやった。
目の下の涙の跡をそっと指で拭ってやる。
「…大丈夫だよ。」
そしてまた泣き出した彼女の隣に腰掛け、肩を抱いてやった。
外の雨はもうじき止むだろう。