アイデア置き場

□『こはる日和』続き(予定)
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千里眼



が良いかい?」



 藤浦に連れられて赤間ヶ関の繁華街、稲荷町の裏町に入った。昔、三大遊廓にあげられたほどの花街である表町は、今も華やかでにぎわっていた。しかし、裏町は置き屋や料亭が並んでいるものの静かで落ち着いている。
 藤浦と雪之助の前をお春と権蔵が歩く。船上でも優しく接してくれていた事で安心したのか、お春はすっかり権蔵になついていた。
 「権さんは、優しいね」
 荷物を持ってくれている権蔵に無邪気な笑顔を見せる。そんなお春に戸惑いつつも権蔵は彼女に歩調を合わせて歩く。はたから見れば立派な好好爺だ。
 一方、後方を歩く二人は笑顔ではあるがお互いに牽制しあっていた。
 「俺ぁ、あんたがたの話を聞いた時は、遊女の足抜けか良家の御嬢さんの駆け落ちだと思ってたんだよ」
「だいたい合ってます」
 かまをかける藤浦に対して雪乃助は取り付くしまがない。
「荷物の中に真新しい振袖があったよなぁ。かなりの上物だ。あれぁ、水揚げの時のじゃねぇのかい?」
「そう見えましたか」
 雪乃助は肯定?も否定もしなかった。

「どきやがれ!」
 二人の会話が途切れた時、突然、一行(?)の後ろから怒鳴り声が近づいてきた。安っぽい身なりの細身の男で後ろを気にしながら全力で走ってくる。藤浦と雪乃助の脇を通り抜けるとお春を突き飛ばして走り抜けようとした。が、お春が右足にしがみついたので男は盛大に転んでしまう。
「このガキ!何するんだ!!」
 男が睨み付けるが、お春は動じない(?)。
「赤い珊瑚玉の簪を返してあげて!旦那さん、困ってる!!」
 男は一瞬だけ驚いたように目を見開いたがお春を左足で蹴って振りほどこうとする。
「頭おかしいのか、このガキ」
 男の足がお春に当たる前に権蔵と雪乃助が動いていた。権蔵は老体からは想像できない力で男の蹴りを受け止めていなし、雪乃助がお春を抱き抱えて藤浦の方に跳ぶ。男は再び地面に倒れた。
「なんだお前ら!邪魔すんな!!」
 男は鬼の形相で一行(?)を睨みつけると、立ち上がってお春の腕をつかもうと手を伸ばしてきた。しかし、背後から鋭い突進を受けるとその場に崩れ落ちた。気を失った男の後ろには息を切らせながら小柄な青年が立っている。
「嬢ちゃん、ありがとな。こいつは盗人で、馴染みの子の姉さんの客から紅珊瑚の玉簪をくすねたんだ。」そう言いながら倒れてる男の着物をまさぐっていく。
「左の袂の中だよ」
「ふうん、袂ねぇ。お、あったあった」
青年はお春に言われて簪を探し当てると、にっと笑ってそれを見せる。立派な大玉の紅珊瑚が一つ付いた端正?で贅沢な金色の簪だった。
 お春が見とれていると、後ろから抱き締めるかたちになっていた雪乃助がくるりと自分の方へ顔を向かせて怒鳴った。
「馬鹿たれが!何回も同じこと言わせるな!!なんで自分から厄介事に首を突っ込むんだ!!!」
 お春は下を向いて黙って唇を噛み締める。ただでさえ騒がしい捕物劇があっあとに怒鳴り声がしたので道行く人達が足を止めて遠巻きに見ている。
 「だって、見えたんだもん。旦那さんが困ってたんだもん」
 お春は涙をこらえながら震える声で言った。
「そんなもん、気にするなと言ってるだろ。お前が黙っていれば、誰も分からないんだから」雪乃助の声音が少し和らぐ。
「取り込んでるところ悪いが、お二人さんそこを退いてくれ!」
 小柄な青年はそう言って二人に割って入り込むと、こっそり逃げようとしていた盗人の帯を掴むと豪快に投げ飛ばした。その場にいた誰もが息を飲み、一瞬後に大歓声が上がった。泣きそうだったお春も怒っていた雪乃助もあっけにとられていると、藤浦の激?が飛ぶ。
「これで終いだ。関係ない奴ぁ行った行った。お前らは早く取っ捕まろ!」
 町役人が縄をかけると見物人は散り散りになる。盗人は俯いて歩き出したが一人の派手な女に気が付くと情けない声をあげた。
「茜の姐さん、助けてくださいよぉ」
しかし、女は汚い物でも見る目を向けて何も言わずに人混みの中に消えていった。
 その間、藤浦は権蔵に何か伝えたあと青年に向かって人の良い笑顔を見せた。
「よお、兄さん。あんたのおかげで盗人をとりのがさずにすんだ。例を言うぜ」
「いやぁ、俺は簪さえ返って来たら良かっただけなんで」青年ははにかみながら?頭をかいた。

数日の間、お春は赤間ヶ関の裏通りにある置き屋兼料亭の桔梗屋で稽古を受けていた。筋は良いが長州人の好みに合わないという理由は建前で、十日前にお春が見せた千里眼の噂が消えるまで女主人の桔梗に匿われていたのだ。
稽古場はお春が慕う梅の師匠の部屋で、時々お秋も顔を出して一緒に稽古を受ける。
雪之助は女人の部屋だと遠慮してか一度も来なかった。だが、料亭の客が少ないミツドキには近くの稲荷神社の境内にお春を連れ出して一緒に散歩をした。

そんなある日、お春を座敷によびたいと言う知らせが入った。桔梗と此の糸との稽古で長州人好みの三味線が上達したこともあるが、上得意先の戯楼、大阪屋の楼名主に乞われては桔梗も断ることができない。お春の後見人である雪之助と先輩芸者の秋千代を同行させる事を条件に大阪屋に行くことを承諾した。

大阪屋につくと二階の奥の座敷に通された。千里眼騒動の時に居合わせた上臈、朝藤太夫の間である。
座敷には2人分の膳が用意されていた。
小春が怯んでいると、部屋の奥から明るくりんとした声が響いた。
「今日はよろしゅうに」
朝藤太夫が近づいてくる。
それを見た秋千世が慌てて
「太夫、今日はお呼びいただきありがとうございます」
と三指をついて挨拶したので、小春も雪之助もそれにならう。
挨拶が終わった頃、廊下を歩く足音が近づいてきた。同時にぴりぴりとした空気も伝わってくる。
行きすがら今日のお座敷の内容を聞いていたとおり、長州藩のお偉いさんが内密な話をするために座敷をとったようだった。
一人はきっちりと身なりを整えた少し神経質そうな青年。もう一人は彼より2、3才若く整った身なりをしてるもの血気盛んさが太めの眉などから推測された。
「良く見るとまだ小娘じゃないか」
若い方の男が小春をみてぶっきらぼうに言うが、
「わっちの妹達になんぞ落ち度がありましたかえ」
と微笑む朝藤太夫の声に黙ってしまう。太夫の目が笑っていない。二人の侍を前にしても堂々とした態度である。
「そんな怖い顔をしていたら、良いお話し合いにはなりませんえ」
まずはいっこん、と神経質そうな青年に盃を進めたが彼は断ったので堅いお方やなと言いながら相方に盃を向けた。
それを合図に小春が三味線を弾き秋千世が舞う。
雪之助は脇に控えている。
ちょうど一曲が終わった頃年上の侍が
「堅い挨拶は良い。今日は、千里眼で待ち人が来るかどうかを視てもらいたいのだ」
と切り出した。
小春が三味線から頭を上げると神経質そうな、それでも優しさがかいまみえる真剣な目が自分を見つめていたので、気恥ずかしさで赤面し、下を向いてしまう。返事ができないことを察した雪之助が助け船を出す。
「千里眼なんてただの座敷芸ですよ。占いと同じで当たるも八卦という程度です。人探しなんて無駄手間です」

それを聞いて年下の侍が呆れた表情になった。
「だから言うたじゃないですか。こんなインチキに騙されたら駄目ですって」
そして席を立ち帰ろうとする。
「誤魔化そうとしても無駄だ。先日の事は貴女が千里眼の持ち主でないと話が通らないのだから」
年上の侍が 小春に近づき彼女の両手を握った。前触れなく自然な動作だったので雪之助が止めるひまもなかった。下を向いていた小春が弾かれたように顔を上げた。その両眼はどこか遠くを見つめ、表情は人形のように固まり、口から紡がれる言葉は抑揚がなくどこか神がかった不思議な声だった。

ニ、

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