短い

□Ghost
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「お前、ここで何してんの?」
「は、……?」
「いや、はって……俺の方がは? って言いたんですけど」


目の前の桜色の髪をした男が大きめの瞳を見開いた。





「お前……」
「お前家は? ここ俺ん家なんだよ。つかどーやって入った」
「いや、あの、俺……」
「んだよハッキリしねーな。早く出て行かねえと警察…」
「俺!!!」
「あ?」
「俺……死んだはず…なんだ……けど……」

「………は?…」




俺の名前はグレイ・フルバスター。近くの高校に通うごく普通の学生。
数年前に母親が事故で死んじまってからずっと一人暮らし。
以前は兄貴とも暮らしていたのだが、その事故を機に別々に暮らし始めた。

そんな俺の家に訪れた、不思議。
ここは普通母親の幽霊が出てくるもんじゃないのか?
こんな見たこともない、俺と同い年くらいの青年なんか……


「……信じねえよな……でも、ほんとなんだ。何で、死んだかは、忘れちまったんだけど……」
「…………お前は、前にこの家に住んでたのか?」
「……わかんねえ…覚えてねえんだ…」
「どこで死んじまったとかも?」
「覚えてねえ…」
「ったく……名前とかも忘れちまったのか?」
「名前……は覚えてるぞ! 俺はナツ!ナツ・ドラグニルってんだ!」


ぴょいっと大きく跳ねた、ナツ。
それでも音が無いことと、少しだけ向こうが透けて見えるあたりで、本当に幽霊なんだと実感した。


「ナツ、か……俺の名前は…」
「知ってる。グレイだろ?」
「……へっ…」


驚いた。純粋に。
知るはずもない俺の名前をピタリと言い当てたのだから。


「俺、お前がガキの頃からここに居たんだぜ?」
「……はぁっ?! マジかよ! なんで今まで見え……」
「そんなん俺も知るかっ! さっき声かけられて一番ビビったの俺だぞ!!」


今まで一回も俺のこと見えたやつ居ねえんだから!

ツキン……と心が痛んだ。
今まで誰にも見られず、ただただそこに居続けたナツ。
何年居たのか知らないが……いやでも俺がガキの頃から居るって言ってたから17、8年は確実に居たのか。

いつ死んだのか、どこに居たのか、全く覚えておらず、何のためにここに居るのかも分からないんじゃあ、辛いに決まってる。

今だって、つり気味の瞳にうっすらと涙の膜が張られている。




「……お前の母親が死んで、泣いてただろ?」
「え……あぁ……うん」
「やっぱ家族が死ぬと寂しいのかって……俺…グレイの泣き顔見たくなくて……寂しい思いさせたくなくて……おかえり、とか、ずっと…言ってたんだ……」
「そ…だったのか…?」
「んでも……やっぱ見えないもんは見えないんだなって……毎日声かけるのにお前反応しなくってさ……逆に俺が悲しくなってきて…」


何故……という言葉しか出てこなかった。
普通、見ず知らずの奴にそこまでしない。
それに、ナツは死んでるんだから余計……放っておけばいいじゃないか。

なんでお前がそこまで悲しむ?


「だんだんでかくなってきて、泣かなくなっただろ? でも悲しそうな顔は消えなくって、どうにかしたくて……」
「ナツ……」
「だから、お願いしてたんだよ。グレイが俺のこと見えるようになりますようにって」


そしたらもう寂しくねえだろ?
家に帰ると誰かが待っててくれる、暖かい笑顔で出迎えてくれる、そんな場所を、お前に与えたくて。


ハタハタと、雫が床を濡らした。
泣くなよ、と差し出された手は、俺の頬をすり抜けた。
でも微かに何かが当たった感じがして……


「な…で……知りもしね、俺に……そこまで……」
「初めは、なんも感じなかったんだけどよ……その、なんか他人事に思えなくて…」


ここ数年、酷く寂しかった。
ただいまと言っても、何も返ってこない。
低血圧な俺を起こす母さんの怒鳴り声も、賑やかな飯時も……何もかも無くなって……すっげえ寂しかった。

そんな俺に、ナツは声をかけ続けてくれたのか……見えるわけ無いと知っていても。



「バカ……だな…見えるわけねえってのに…」
「でも、今見えてるだろ?」
「……あぁ…」
「それだけでいいんだ……お前は一人じゃねえんだぞって言いたかっただけだから」


涙が、止まらない。
あの時、もう一生分出し尽くしたと思っていた涙が、あとからあとから出てくる。


好きなだけ泣け。というナツの言葉に、更に溢れてくる。
いつの間にか崩れ落ちて、床を濡らし続けた。

その間、ずっとナツに撫でられてるような気がした。







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