ゆらゆらる。
□08
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気づいた。
気づいてしまった。
上手く話せない理由も。
ドキドキする理由も。
他の奴にはそんな気持ちにならない理由も。
全て、分かってしまった。
俺は、キーリに恋をしてるんだ。
「っはぁー…」
頭を抱えて深く息を吐く。
今日の訓練が休みでよかった。
もし今日キーリに会っていたら、正気を保てなかった気がする。
こうして早朝の誰もいない食堂で1人になることもできなかったはずだ。
人間の思考ってのは複雑に見えて、実は意外と単純だ。
例えば、一度意識してしまえばもう感情はそれ一点に向く、とか。
俺はキーリが好き。
俺はキーリが好き。
俺はキーリが好き。
俺はキーリが好き。
「俺はキーリが──…」
『私が何だって?』
「うわぁぁぁあああ!!!」
突然の渦中の人物の声に、俺は勢いよく椅子から落ちた。
くそっ、カッコ悪ぃな。
いきなり現れたそいつ──キーリは、俺が椅子から落ちたことに驚いて慌てて謝ってきた。
『す、すまない。驚かせるつもりはなかったんだ』
「…いや、うん、別にいいけどよ」
『本当にすまない…怪我はないか?大丈夫か?』
本当に驚いているのか、キーリがオロオロと俺を心配する姿が可愛く見えた俺は末期か。
立ち上がって「大丈夫だ、心配すんな」と伝える。
「そういや、なんでここにいるんだよ?」
出来るだけ平常心で、動揺がばれないように。
わざと低いトーンで言えば、キーリは肩をすくめて笑った。
『いやぁ…ジャン君に会いたくて』
「………は?」
『ジャン君は意外と早起きだろう?最初に会ったときもそうだったし。それで早起きすれば会えると思って』
こいつなんて言った今。
会いたい?
俺に?
どうして。
なんで。
そんな疑問符ばかりが頭を過って。
「それは、どういう、」
意味、と問おうとしたのに、それはキーリの苦笑いで遮られた。
『ほら、この間。ジャン君具合が悪かったから大丈夫かなと思って。ミカサのことも結局相談せずに別れてしまったからね』
「……」
『心配していたんだ。具合は良くなったかい?』
「……お陰様ですっかり元気だよ(実際は熱なんてなかったけど)」
『ははっ、少し責任を感じてたんだ。元気でよかったよ』
「……」
俺は馬鹿か。何期待してんだ。
こいつは俺がミカサに恋をしてると思ってんだ。俺が望むようなことはならねぇはずだろ。
……そうだ、俺はこいつに思いを伝えてねぇ。
このままじゃ、こいつの中で俺はずっと“ミカサを好き”なままだ。
『ジャン…君?や、やっぱり怒ってるのか?』
急に黙った俺をキーリは怒っていると思ったらしい。
違ぇんだ、怒って黙った訳じゃねぇんだよ。
なんなら今、言っちまおうか。
好きだって。
「…………違ぇよ」
……無理だ。言えねぇ。
ちくしょう、俺はいつからこんなに臆病になっちまったんだ?
『そ、そうか?それならいいが…』
我ながら情けねぇ。
好きな女と緊張して上手く話せないなんて。
『この間の相談の続きは今日の夜にしよう』
そう言って食堂を後にするキーリを、俺は悔しい気持ちで見送った。
この感情を君に伝えられたら
(どれだけ楽なことか)
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