NOVEL(短編)

□ないものねだり
3ページ/3ページ

「……ごめん一体何が起きたのか全然整理できないんだけど」
 松岡の家。なぜか押しかける形で太一が突如やってきた。かと思ったら玄関先で、ご主人様にのしかかるゴールデンレトリバーの如く、太一が松岡に馬のりするという奇妙な状況になった。
「……えーと」
 松岡も理解できなければ太一も思う、何ゆえこうなった? 
(長瀬みたいに全力で甘える感じで折り合いをつけられればと……)
 長瀬だったら恋人と喧嘩したときどんな風に謝るかな、やっぱりまっすぐ誠実に謝るだろうな、もしかしたら土下座かもしれないな、それはいくらなんでも癪に障るからせめて全力で素直な気持ちになってみようかな――そんなつもりで松岡宅の玄関を叩いたのだが、その心意気がここまでこじれて空回りするというのもかえって凄いのではないだろうか。
「は、早くのいてよ……!!」
 この変態的な状況に羞恥を覚えたのか、顔を真っ赤にして視線を泳がせながら松岡がぐいぐい押しのけようとしてくる。反射的に、太一もぐいぐいと床に押し返した。
「ま、待てよ、これには深いわけが……」
「何よっ、この期に及んでまだ人のことからかうつもり?! サイテー、信じらんない!!」
「むっ……」
 そういえば喧嘩がまだ延長戦にあることを思い出した太一。投げつけられる刺々しい言葉に、思わずカチンときてしまった。
「何だよ、その言い草。せっかくこっちがわざわざ出向いてきてやったっていうのによ」
 知らず知らずのうちに、相手を上から押さえつけるような言い方をしてしまう。それに松岡も刺激されて、興奮した甲高い声で言い返した。
「そっちこそ何よ、そんな上から目線っ。いやいややってきましたみたいに。それなら来てくれない方がよっぽどよかった!」
「何だと?! そういうお前こそ自分から出向いてこようとした事なんか一度もねえじゃねえかよ! 来てやっただけでもありがたいと思え少しは!!」
 ぎゃあぎゃあと、負けず嫌いがたたって、引き際がつかめないほどの激しい言い合いがなされる。違う、本当はこんな事するつもりじゃなかったのにとお互いが頭の隅で後悔の念に駆られながら、止められないでいた。好きなのに、どうして素直な気持ちになって素直に思いを伝える事も出来ないのだろう。
「入ってくるなり体当たりして人のこと押し倒しておいてそんな恩着せがましく言わないでよ!!」
「悪かったな!! 仕方ないだろ!!」

 ――こうでもしないと背の高いお前と視線がいつまでたってもかみ合わないんだから。

 松岡はぎょっとなって、目を見開いて固まったまま太一を凝視してしまった。興奮で松岡の様子に暫く気づかなかった太一。しかし松岡が言い返してこないことを怪訝に思ったとき、ようやく自分が叫んだ言葉が何だったかを悟り、ぼっともの凄い勢いで顔を上気させた。
「……太一君」
「な、何だよっ」
「えっと……」
 松岡もごにょごにょ何か言いかけていたが、結局赤面せずにはいられず、耐えかねて視線をそらしてしまった。
「……」
「……」
 この沈黙が痛い。
「その、えっと、太一君、……取り合えず退いてくんない?」
「お、おう……」
 自分の発言があまりにもこっぱずかしくて、下手に威張り散らせなくなった太一はとりあえず素直に松岡の言葉に従った。
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ