NOVEL(短編)

□ないものねだり
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「まぼーっ、収録終わったらどっか食べに行こうーっ」
「あー、悪い。この後大野たちと呑みに行くって約束してるんだ」
「そんなあ、じゃあ俺も行く!!」
「財布忘れんなよ」
「うっ……がんばります」

「えっと……つぎどうやるんだっけ」
「まぼ、さっき教えたばっかりじゃないですかー」
「う、うるさい!! しょうがないだろ、大の男と一緒にくっついてると暑苦しくて覚えられるもんも覚えられねえよ!!」
「あー、照れてるんですか?」
「なっ……勘違いすんな!」
「ふごっ!!」

 こんな会話なり騒ぎなりが繰り広げられている、下二人。いつもなら面白がって流せと一緒にからかったり無茶振りを吹っかけたりする太一だが、今日は楽屋の端っこでむすーっと頬杖をつきながらその様子を眺めているだけだった。
「どうした、太一。そんなむくれた顔して」
「……そう見える?」
「だから聞いてるんだよ。どうせ何か調子に乗りすぎて二人のうちどっちかの機嫌でも損ねたんだろ」
 お前らしいな、と山口が小さく笑った。別にそんなんでもないけどさ、と下唇を突き出しながら、太一はそのさえない顔をテーブルに押し付け、重い重いため息をついた。ある意味で、山口の言葉が図星をついたことが何だか痛かった。それを悟られまいと、わざと素気ない態度を取る事でしか余裕を保てない自分をまだまだ幼いと感じてしまう。
 白状するなら、先日、松岡と喧嘩した。きっかけなんて些細な事。何故こんな大事にまでなってしまったのか、後になって振り返っても全然思い出せないというのもある意味始末が悪い。どうせ、太一が揚げ足か何かを取って松岡を向きにさせてしまったのだろう。

『太一君って、全然優しくない!!』

 目に涙をためながら松岡が叫ぶのが、鮮明に耳にこだまする。それでついカチンときたからもっと凄まじい言葉を言い返したら、顔を真っ赤にして口をつぐむなり、松岡はその場を飛び出して言ったんだっけ。あ、っと思ったときには、遅かった。
 以来、太一は松岡とまともに口を利けていない。松岡があてつけのように、あからさまに避けるのだ。その態度にますますカチンときて、太一もそっぽを向いたまま。
 分かっている、大人なら大人らしく、お年どころを見つけなければいけないことくらい。でも、仕方ないではないか。変な自尊心が邪魔をして、自分は悪くないという風に思い込みたくなるのだ。
 それに。
(長瀬といちゃいちゃいちゃいちゃしてばっかりいやがる……)
 はたから見れば、太一よりも長瀬との方がよりお似合いのカップルに見えてしまうのがまたむかつく。

『まぼー、おなかすいた〜』
『あはははは!! そんなことないっすよ〜』
『松兄って何なんだよ!!』

「俺もあいつみたいになれば少しは……」
 折り合いがなかなか合わない松岡とも少しは馴れ合う事が出来るだろうか。今も松岡は、素直に甘えてくる長瀬にあんなに嬉しそうに顔をほころばせている。畜生、あんな顔絶対俺には見せないくせに。
 じりじり焦げる思いを胸にひめ、下手したら収録が始まる頃までに全身黒焦げになっているんじゃないかというくらい悶々しながら、引き続き下二人が戯れている様子を眺めていた。
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