NOVEL(短編)

□間違い
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「ねえ、まぼ」
 楽屋で二人きりになったとき。それまでギターの手入れを黙々と行っていた長瀬が、不意に声を発した。真剣にやっているところを邪魔しちゃいけないかなあと思っていた松岡が、ぱっと振り返る。
「何だよ長瀬」
「俺のこと好き?」
「……どうしたの?」
 突然の問い。どういう意味かわからずに、松岡は思い切り怪訝な顔をした。
「俺のこと好き?」
 もう一度、同じ問いが発せられる。
 答えになってねえよと思いつつ、松岡は困った顔で長瀬を見返した。上目遣いに見上げてくる、うるうるとした瞳。自分はこの目に弱い。だって渋くて男前な顔をしているのに、こんな風にいとも簡単に甘えてくるんだから反則だ。ずるいよなあ、と心の中で少しだけねたんでみる。
「……好きだけど」
 仕方がないので、思っていることを素直に言った。
「ほんと?」
「ほんとだけど」
「じゃあ付き合ってよ」
「……?」
 またもや文脈が繋がらないことを言われて首を傾げる。さっきから何がしたいのだろうか。見つめてくる表情が思いつめているというか、真剣そのものだった。もしかして、何か頼みづらいことを恐る恐る自分にお願いしてきているのだろうか。そう考えた松岡は、何だか微笑ましくなってふっと短く笑った。
「いいよ、別に」
「ほんとに?!」
「ああ」
 で、どこに付き合えばいいの――という続きは、次の瞬間見事に遮られてしまった。
「……っ」
 大きな手で頬を包まれたかと思うと、ふっと視界がふさがれた。何が起きたのか、すぐに分からなかった。だが、肌にかかる熱い吐息と、唇に重なる暖かな感触で、理解したときには身体が硬直していた。
 すぐに唇が解放され、まだ呆然としている松岡の身体を、長瀬は力いっぱい抱きしめた。
「嬉しい、夢見たい」
 耳元でそう囁く長瀬の声は、高揚してふわふわと上ずっていた。とろける夢に浮かされているように、ずっとへらへらと笑っていた。そこで松岡は、初めて長瀬が執拗に問いかけてきた「好き」と、求めてきた「付き合う」の意味を知ることになった。
「長瀬っ……」
「愛してる、まぼ」
「……」
 まるで逃がさないというように頭を抱えられ、そんなことを言われては、今更「間違いだった」なんて言えない。
 胸に溢れる後悔の念と、「好き」と言われてどきどきしてしまう心に挟まれ、松岡は抱きすくめられたままどうしたらいいのか分からなくなった。

END

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