NOVEL(短編)

□Happy Birthday!!
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「へっくし」
 隣で、松岡が盛大にくしゃみをした。
「大丈夫かよ、無理なら先に戻っていいんだせ」
「大丈夫……多分」
 太一の意地悪な言葉に、松岡がずびっと鼻をすすりながら、強気に、でもどこか自身がなさそうに返す。ちぇ、意地張ってやんの。それなら勝手にすればいい、と思って、太一は再び前をまっすぐ見つめた。
 ざぷん、と遠くで水しぶきが上がる。気を緩めたらどこかへ運ばれてしまいそうなほどの、壮大な海。今は、杏色に燃え上がる太陽に照らされ、線香花火のようにどこか儚い赤色に染められていた。
 二人で、ただ言葉を交わすでもなく、テトラポットに腰を下ろしながら壮大な海を眺める。考えたら、不思議な光景だった。切なさに身をゆだねるなどおセンチな事をするほどの年頃でもない。でも、今日は街へ行って遊び疲れるより、誰もいない二人だけの世界に浸っていたい――太一が唐突にそんなことを思って、昼間に松岡に提案したのだ。
『今日誕生日じゃん、そんなんで大丈夫?』
 もっと豪勢なお祝いをしようと思っていた松岡が、どこか不満げに口を尖らせて問い返す。せっかく年に一度の記念日なのに、とか、時間を勿体なく使わないでよ、とか色んな小言を言っていた。大胆な割にはどこか貧乏性な松岡に向かって、太一がきっぱり、
『自分の誕生日なんだから、俺が何しようと思ったっていいだろ』
 恋人なんだからわがままを文句言わずに聞け。逆らわせないという気持ちをありったけ込めて宣言すると、松岡は渋々頷き、太一のたそがれに付き合うことになった。

 秋口の夕暮れ。昼間はあんなにじりじりと蒸し暑かったが、ゆるゆると太陽が降下していくと同時に、空気が冷え込んでくる。 
 ふるり、と松岡が小さく震える。ほらみろ、やっぱり寒いんじゃないか、素直じゃないなあ。悟られまいと必死で身を縮めて我慢する彼を、最初は無視しようと思っていた太一。しかし、自分が言い出したわがままに付き合ったせいで風邪でもひかれたら困る。太一は自分の着ていたパーカーでは足りないと考え、ぽすっと身体ごと松岡に寄りかかった。
「……何よ」
「こうした方が温かいだろうと思って」
「人が、来るでしょ」
「平気だろ」
 急に寄りかかられて、照れているのが直接肌に伝わってくる。何だよ、そんなに照れたらこっちまでこっ恥ずかしくなるじゃん。自分の気持ちが松岡に伝わらないよう、太一は知らん顔を決め込んだ。照れ隠しにぶつぶつ言っていた松岡も、いつの間にか寄り添うように太一に寄りかかっていた。
 ああ、松岡の身体は温かい。ふわっといい匂いがして、程よい心地よさ。案外自分の身体も冷え込んでいたのだろうか。
 海の向こう側にあと少しで沈みきりそうな太陽。別れを惜しむかのように、火の粉のように光がいっそう輝きを増す。その光景は、あと少しの間しか持たない、蜻蛉の命のようだった。
「……綺麗だね」
 松岡が、ため息のように呟いた。そうだな、と太一も短く返す。その声はかすかに震え、涙が滲むように湿っていた。
 ほだされたのだろうか。雄大な太陽に。もしくは、今隣で寄り添う恋人の暖かさに。気がついたら、熱いものがこみ上げて、プライドも泣くウルウルきている自分がいた。
「……太一君?」
 何か感づいたのか、松岡が怪訝そうに太一を振り向く。こんなところで涙ぐんでいるのがばれて、一生からかいのネタにされるのは死んでもごめんだった。太一は松岡の頭を掴むと、乱暴に自分のほうへ引き寄せた。
「ふえっ?! ちょっとっ……」
「ちょっとだけ、こうさせろっ」
 隠そうとしても、やっぱり声というのは嘘をつかない。むしろ、太一自身がうそをつけない。松岡は何かを悟ったようだった。小さく笑って、分かったよと子供をなだめるように言った。
「太陽が、沈むまでね」
 ぎゅっと服を掴みながらそういわれたら、愛しさにもっと胸が熱くなるじゃないか。
 太陽が、沈むまで。
 二人は互いを抱きしめあい、恋人の誕生日の幸せさを、密かに噛みしめ合うのだった。

END 
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