NOVEL(短編)

□ないものねだり
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「いだいだいだいだいギブギブギブギブ!!」
「うるさい、長瀬の癖に!!」
「太一君、離して、すみません今度から遅刻しませんから許してくださいいいいい!!」
「おらおら無駄口たたいてる暇があったら次の攻撃避ける準備しろ!!」
「いだだだだだ!!」
 学習能力がないのか、学習する気がないのか、長瀬は今日も遅刻してただいま太一のプロレスお仕置きを受けている。楽屋には、バキバキと骨の鳴る音と、長瀬の泣き叫びがとどろく。もはや風物詩となった二人の光景を、遠巻きに他の三人が眺めていた。
「長瀬も懲りないなー」
「ええやん、ほほえましいやん」
「ここまでエスカレートするともはやグロテスクなレベルだな」
 そう呑気に話す山口と城島。ふふふと謎の笑みを浮かべながら、スタッフから差し出されたお茶をすすっている。その横で、いつもなら面白がって一緒に騒ぐはずの松岡が、何やら神妙な顔で二人が団子になって転がっているのを眺めていた。
『うわーっ、何か凄いっすよ、ほら見てみて!!』
『うわ美味しい!!』
『何か可愛い!! 俺に似てない?! うえー似てないっすか?!』
『あははははは!!』

「俺もあんなふうになればいいのかな
ー……」
 何にでも大きく自分の気持ちを素直に表現して、屈託なくて、誰にでも純粋に接する事が出来る長瀬。今だって太一に色々プロレスのモルモットにされながら、口を大きく開けて笑っている。
 長瀬は可愛らしくて、皆に好かれている。それがとても、うらやましい。

『お前って本当に可愛くないな!!』

 白状するなら、実は先日、太一と喧嘩した。きっかけは本当に些細な事で、売り言葉に買い言葉でエスカレートして、ついつい引き下がれなくなった。その中で太一から放たれた一言。それがあまりにも深く胸に突き刺さって、そのままその場を飛び出してきてしまった。そしてその一言は、今も胸に刺さって取れないままでいる。
(そうだよ、俺って可愛くないよ、どうせ)
 太一の言葉はまさに図星。憎まれ口ばかり叩いて、なかなか素直になれない自分。何でそんなことも素直に甘えられないの? と時々自分を怒りたくなる。そんな自分に比べたら、長瀬は太一にとってとても可愛く見えるだろう。そう思ったら、自己嫌悪で地の果てまで落ち込みそうになった。
 いいなあ、と長瀬の屈託のない笑顔を、心底うらやましく思った。いつもなら、俺は俺だから関係ないって意地を張るのに。嫉妬でもしているのだろうか。多分、あたり。だから悔しい。悔しいけど、勝てないから、うらやましい。
 ないものねだりって、このことをいうんだなあ。
「お前さっきから何むすってしてんだよ」
 そんなことを考えていたら、ぶにっと山口に頬をつねられた。
「ふげっ」
「お、変な顔」
「いだいだいだいだっ、兄ぃやめてよーっ」
「わあー、松岡のほっぺめっちゃ柔らかい。シゲも触ってみろよ」
「変な触れ込みしないでくれる?!」
「うわー、ホンマや、ぷにぷにしとる」
「あんたも乗るんじゃない!! ちょ、くすぐったいって、んもう!!」
 その後の松岡は、悪乗りする山口と城島をあしらう事に必死で、さっき考えていた事をすっかり忘れてしまった。
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