NOVEL(長編)

□セカンド・ラブ3
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 あふ、と気の抜けたあくびがでてしまう。お風呂から上がったばかりで、髪から流れる滴をフェイスタオルで拭きながら、松岡はあられもなくソファに寝転がった。ちく、たくと時計の針が午後9時を過ぎた今も、無機質な音とともに時を刻んでいく。愛犬たちもすやすやと可愛らしい寝息を立てて小さな体を丸めている。
 がらんと広い部屋は、いつにもましてわびしさが滲んでいる気がした。
(今かけたら迷惑・・・・・・だよな)
 パカッとケータイを開いて、ため息を吐くとまた閉じた。
 この頃、あの人と逢う機会がほとんどない。お互いにソロの活動が忙しいのもあるし、逆にメンバー全員が揃う仕事があまりないのだ。
(でも明日は久しぶりに皆揃うし・・・・・・)
 そうすればあの人にも逢える。あのほんわりと安心感を抱くような優しい微笑みで自分を呼んでくれる・・・・・・そう考えただけで、乙女のようにドキドキと胸の鼓動が高鳴り、そわそわと落ち着きをなくしてしまう。早く明日にならないだろうかと少しだけ口元を緩めてから、
「・・・・・・メールだけなら」
 再びケータイを開いてメール画面を呼び起こすも、はたとそこで思いとどまった。
 何て書けばいいのだろう?『明日楽しみだね』とか?『元気?』とか?でもそんなん柄じゃねぇしなあ。しばらく考えてから、不器用な手つきで打ち始める。しかし何度も考えあぐねて打った文章はどう見てもつっけんどんになってしまい、書いているうちに嫌気が差してついには匙を投げてしまった。ぼすっとやりきれない気持ちをクッションにぶつけ、やるせなさでいっぱいのため息を吐く。
 馬鹿じゃないの俺、変に突っ張ってないで思ってるままに電話するなりメール送るなりすりゃいいじゃん。いつもは——前までは遠慮なくフランクにいけた癖に、意識し出した途端にこうも女々しくなるんだから。いっそ今からカラオケにでも行って某エアバンドのヒット曲を叫びまくれば少しは吹っ切れたりして。
 なんて現実逃避も兼ねて下らないことを考えていると、
「——♪」
「あっ・・・・・・」
 不意にケータイが着信を知らせ、びっくりしすぎて小さく悲鳴をあげてしまった。そう、彼だけは着信音を違うものに設定してある。彼にぴったりの、どこかひょうきんでいて大人びたメロディー。半ば信じられない思いで、松岡は急いでさっき放り投げたケータイに飛び付いた。
「もっ、もしもしっ」
「よかった、起きてたんやね」
城島の、ふふっと柔らかい笑みが鼓膜をくすぐった。聞いただけでひどく安心感を抱くような、優しい声。じわりと胸に暖かさが滲む。
「あ、当たり前でしょガキじゃないんだから」
「そー言えば時計みたら9時やったわ、確かに寝るには早いかも知れんなぁ」
「・・・・・・あんたいつもどんな生活送ってんのさこの社会生活不適応者」
「ひどいわぁ」
ぱぁあっと目の前の世界が急激に明るくなった。嬉しい、と純粋に思った。
同時にさっきまでうじうじしていた自分への呆れと、自分にできないことをいとも簡単にやってのける城島への悔しさに、耳がちりっと熱くなる。
「松岡、明日の仕事の後は何も入ってへんよな?」
 不意にそんなことを訊かれ、松岡はどきっとなった。
「ないけど・・・・・・」
「ならご飯行かへん?行きつけの店なんやけど」
 なんと、突然のお誘い。
「窓から眺める都会の景色が、また最高なんよ」
「・・・・・・俺と?あんたで?」
ドキドキとうるさい心臓を押さえ、声が震えそうになるのを悟られないようにしながらそう尋ねれば、他に誰がいるん?と意外にも真面目な声が返ってきた。
「ま、いるならいるて思うてくれても構わんけど?妬いてくれてるみたいで嬉しいし」
「なっ・・・・・・勝手に変な解釈すんなよ馬鹿!!」
「ふふふ。明日が楽しみやな」
城島は愉快そうに笑っていた。弄ばれているようで気にくわない、と思う反面、もう顔は瞬間湯沸し器みたくめちゃくちゃ熱い。ここで巧い返しを思い付かずに無言で焦れていた松岡だが、ええいままよと恥ずかしさの勢いに乗って、
「・・・・・・俺も」
「ん?」
「俺も、楽しみにしてるからっ」
あれちょ、松岡と珍しく動揺している城島の声を聞きながら、松岡はガチャ切りに成功した。やった、何とか素直になれた・・・・・・気がする。うんうんと妙な達成感に頷き、松岡は再びソファにダイブした。受話器の向こうで城島が真っ赤になりながら「いきなりデレといて言い逃げかいアホォオオ」とスマホに向かって叫んでいるなどつゆ知らずに。
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