NOVEL(長編)

□セカンド・ラブ
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「だから言うたやん」
ソファのひじ掛けに頬杖をつきながら、城島が穏やかな微笑みを浮かべて言った。
「ぐっさんは昔から太一に弱いんやから」
「うるさい・・・・・・」
ぐすっと、鼻をすすりながら松岡はそう言い返すのがやっとだった。悔し涙でぐちゃぐちゃになった顔をさらけ出すのを許せず、フロアに踞まり、額をぎゅっと膝に押し付けた格好でいた。嗚咽を噛み殺してぷるぷると震える背中に、城島はやれやれと知らぬ内にため息を1つ溢す。
「そんな固いとこに座っとったら風邪引くし痔になるでー」
「ホントあんたって・・・・・・デリカシーないんだからっ。このすっとこどっこい!!」
 一応優しい言葉をかけてみるものの、その呑気な中身が余計に興奮気味の松岡の神経を逆撫でさせる。案の定例の甲高い声でぎゃんぎゃんと噛みつかれた。
「大体・・・・・・何しに来たのよ人がこんなんなってる時に限って。冷やかしなら帰ってよぅ・・・・・・」
「言うたやん、車がガス欠になってしもたんよ。帰れんからたまたま近くにあった松岡ん家にお邪魔してんねやろ。いやー助かったわぁホンマ」
「俺ん家はガソリンスタンドでもサービスエリアでもねぇんだよ帰れっ」
 ずびずびと鼻をかみながら松岡が悪態をつく。それでも城島は気を悪くする風でもなく、
「せやかて、松岡がこんなん泣いてれば平気な顔で知らんぷりでけへんがな」
「余計なお世話なんだよっ」
 床に向かって怒鳴ると、松岡は再び貝の如くだんまりを決め込んでしまった。松岡ぁ、と城島が呼び掛けるが見事に無言の壁で撥ね付けられる。どうやら拗ねさせてしまったようだ。こうなったら彼の頑固な性格上梃子でも動かないだろう。
「そんなに悔しいんか?」
 何でもないという顔を装い、城島は少しずつ松岡の核心を突こうと探りの手を伸ばした。ぴく、と松岡の肩が揺れたが、何かを言う気配がない。
「悔しいなら何で別れたん」
「・・・・・・」
「太一にぐっさんを寝取られた事がそんなに悔しいんか」
「・・・・・・!」
 松岡が勢いよく振り返り、キッと城島を睨んだ。予想通りの反応に、城島の口元がうっすらと綻ぶ。
「あんたに、何がわかんだよっ」
「まあまあ」
今にも飛びかかりそうな形相の松岡をいなし、城島はソファから立ち上がるとそっと松岡に歩み寄った。彼の目線に合わせてしゃがみこみ、その手を優しく取る。松岡が小さく震えるにも構わず、その手をゆっくり撫でた。
「可哀想に。痛かったやろ」
「・・・・・・?」
「太一の嫌がらせで手に毎日絆創膏貼っとったの、ちゃあんと知ってんねんで」
「・・・・・・っ」
「こんな目に遭うても、ぐっさんが好きなん?」
 一句一句丁寧に紡がれていく、城島の柔らかい言葉。それに紐解かれていくように、松岡の瞳がぼうっと崩れ、大粒の涙が溢れだしていた。
「だってしょうがないじゃん・・・・・・!!」
 目の前の城島に構わず、松岡は込み上げる激情をありったけぶちまけた。
「兄ぃが好きだけどっ、しょうがないじゃん。太一君も大切だもん・・・・・・太一君を潰してまで自分の幸せ優先するなんて馬鹿みたいじゃんっ。いいじゃない、邪魔者の俺さえいなくなれば円満になるんだからっ。どうせ俺は生意気だし可愛くないしこれでいいんだよ!!」 自分の気持ちを偽って別れを告げた時、胸が焼けるように痛んだ。山口がどんな顔をしているか、怖くて顔を上げられなかった。
 寝取られたなんてプライドが傷つくけど、太一に憎まれるなんて方が想像を絶するほど耐え難い。
 エゴイストでいい。要は自分が傷つきたくないんだから。
 
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