砂時計

□助手の奮闘
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極限まで集中したアカネの仕事っぷりは、厳しいマダムが感嘆の声を上げるほどのものだった。
夕方前には図書館での仕事は終了した。
だが、次は医務室でマダムポンフリーがお待ちかねだ。図書館を去り際に英英辞典を借り、疲れた体に鞭打ちながら医務室に走った。





「あら、よく迷わずにここまで来れましたね」

アカネを出迎えたマダムは軽く驚いてみせた。言われてからアカネも気づいた。

(あれ、確かに…私この部屋に来るのは初めてのはずなのに…)

何か魔法でも働いたのだろうか、そう小首をかしげたアカネだったが、そうそうにこの話題に興味をなくしたマダムによって思考は打ち切られた。

こうして医務室でも薬品整理から怪我人の対処法、保健室におけるルールなどたくさんのことを教え込まれ、本日2つ目の仕事が開始したのである。







「ええっと、火傷の対処法は…サラマンダーの目玉を」

「ミス・アカネ、ちょっといいですか?」

『魔法魔術による怪我応急処置法大全』という本の中の火傷に効く薬とその使用方法についての項目を読んでいたアカネにマダムからお声がかかる。アカネが返事をしてマダムの元に行くと一枚の紙を手渡された。

「このリストに書いてある薬が足りなくなっています。スネイプ先生の元に行って、もらってきてくださいな」

「はい、わかりました。」

正直身体はクタクタだったが、行かないわけにもいくまい。素直に返事をしてアカネは医務室を出た。

「スネイプ教授、か…」

スネイプ教授といえば最初の自己紹介の時、一番アカネに対し警戒心を向けてきた人物だ。真っ黒な装束に黒い髪。夜を背負った人だと思った。

「きっとまだ警戒されてるんだろうし…上手く振舞わないとなあ」

自分が医務室で働く限り、これから少なからず関わるであろう人だ。自分と関わりがある人に嫌われるのは苦手だ。嫌われないよう、好感を持ってもらえるように、相手の好みに合わせて自分を変える。今までずっとやってきたことだ。今更苦でもない。





「スネイプ教授、失礼します。アカネです」

ノックはゆっくり4回、マナーに則って。

「入れ」

短い返答が部屋の中から聞こえた。

「失礼します。マダムポンフリーの使いで、薬を頂きに参りました。」

入室したあと手短に用件を伝え、紙をスネイプに手渡した後は、出口の近くでおとなしく待っていた。

しばらくしてスネイプは一つの箱をアカネに渡した。

「薬は全てその箱の中だ。持っていきたまえ」

「ありがとうございます。お仕事中に失礼いたしました」

それだけ伝えるとアカネは部屋をすぐに出ようとした。彼は世間話を好むタイプではないだろう。
しかし、アカネを呼び止めたのは、意外にもスネイプその人だった。

まさか自分の推測が外れたのかと小さく動揺しながらもそれを表には出さず、スネイプの方に向き直る。

「二つ聞きたいことがある…お前は本当にスクイブなのか?
そして昨日の夕方、お前はどこにいた」

「…何故そのようなことを聞かれるのかわかりませんが、お答えします。私はスクイブです。魔力を持つ存在を認識できますが、行使する能力を持ちません。また昨日の夕方、私はまだロンドンにいました」

ちょっと困惑しながらも素直に従う新人職員、といった雰囲気を出しながら、嘘と本当を織り交ぜてアカネは返事をする。

「…そうか、ならばいい。用は済んだ」

「そうですか、疑問が解決されたようでなによりです。では、改めて失礼いたします」

にこやかに微笑んでアカネは今度こそ地下牢を後にした。

医務室への帰り道、アカネはスネイプのことを思い返していた。やはり予想通り、警戒心が強く、また馴れ合いを好まない人物だった。機嫌を損ねると面倒なタイプなのも見て取れた。

「だけど…最後の質問はなんだったのかしら」

何故アカネの昨夜の動向を聞くのだろう。まるでアリバイを確かめているようだ。だが、この世界における昨日の夕方。ロンドンではないにしろ、自分は元の世界の病院にいて、彼が目撃などするはずがない。ならばアカネに疑いがかけられるような事件でもあったかと聞かれれば正直わからないが、そしたら他の教授達からもそれらしい反応があったはずだ。
一つ目の質問のことを考えれば、昨日の夕方、彼の前に魔法を使う不審者でも現れたと推測できるが…。

「あー、やめやめ。どうせ私ではないし、関係ないことよ。下手な深入りに良いことはないっていうのが定説じゃない」

今は薬をマダムポンフリーの元に早く届けるのが先決だ、とアカネは頭を切り替えた。

この時、地下牢への道もアカネは一度も間違えることはなかった。

**********

「我輩の勘違い、か…」

スネイプは明日からの準備をしつつ先ほどのことを思い返していた。
突然、自分のことが好きだったと告白して消えたゴースト。そして先ほどの少女。
ダンブルドアに連れられ朝食の席で自己紹介する彼女の声を聞いた時、似ていると思ったのだ。もちろん、昨日のゴーストは泣いていて鼻声だったせいで全く同じという確証はなかったが、ネイティブではない発音や文法や語句の使い方もそっくりだった。しかしいざ確かめてみれば本当に自分とは面識がなさそうな反応をする。なかなか警戒心が強いのか、呪文の詠唱無しの開心術で心の奥までは読み取ることができなかったが、表面をさらりと確かめた範囲では特に嘘をついている風でもなかった。

結果としてあのゴーストと別人であるならば、あとはどうでもよいことだ。
突然現れたスクイブの職員。軽く関わった限りでは特に毒にも薬にもならないだろう。他の職員たちと同じように必要最低限関わりで良い。

そう結論付け、スネイプもまた、アカネのことを頭の隅に追いやった。
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