砂時計

□助手の奮闘
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アカネは大量の本を抱えながら図書館を駆けずり回っていた。

「固有名詞多すぎてつらい…」

マダムピンスに聞こえないようにそっとアカネは愚痴をこぼした。
魔法界で出版された英英辞典をフル活用しながら与えられた本を正しい本棚に入れていく。そんな作業をかれこれ3時間はやっていた。

「就任して早々これじゃあ、先が思いやられるわね」

アカネが校長室で目を覚ましたのは、ほんの4時間前だ。突然の出来事に動揺を隠しきれなかった彼女に、ここの校長だと名乗る人物はわかりやすく状況を説明してくれた。夢を渡ってこの世界に自分が来てしまったこと。放っておけば消えてしまうので、とりあえずダンブルドアが仮初めの身体をくれたこと。もしアカネが望むのであれば、この世界に身寄りのないアカネをここで雇ってもいいということ。

元の世界に戻っても待つのは死。一方こちらの世界は、未だに受け入れがたいがどうやら魔法が存在するワンダーワールド。一も二もなくこの世界に残留を決めたアカネに与えられた事務方全般の助手というのが、体の良い雑用係りであるということに気づいたのは、教職員全員に向けて、スクイブの少女として紹介され、挨拶を終えた直後だった。
どうやら事務方、つまり医務室、図書館、そして管理人といった事務方では長いこと人手不足が問題になっていたらしく、挨拶を終えるか終えないかといった段階で、そうそうにマダム・ピンスに引きずられ図書館に連れてこられた。

なんでも、明日からの新学期にむけて入荷した本を棚に入れる作業が終わらないらしい。これだけ広い図書室ならば無理はないが、アカネは言わば生粋のマグル。日常会話は出来ても魔法界の特殊な単語は理解不能。
辞書を片手に四苦八苦しながら必死に勤務開始。
という流れで、話は冒頭に戻る。


「ま、魔法使えないみたいだし、せめて知識だけは早く身につけなきゃ駄目だよね。…受験勉強の続きだと思えばなんとでもなるけどさ」

そう、向こうの世界は春だった。あんな急性の不治の病さえ発覚しなければ、今頃大学に通い始めていただろう。
親の期待に応えること。ただそれだけを胸にがむしゃらに勉強して、第一志望の大学に合格して、ようやく親に認められたと思った矢先の病だった。
良い親だった。アカネを愛してくれていた。でも、親が愛していたのは「期待に応えてくれる子供」だったことにある時気づいた。だが、親から必要とされなくなる、愛されなくなることが怖くて必死に理想の子供であり続けた。かの大学にアカネが受かることは親の夢であり、いつからかアカネの使命になっていた。それをいきなり奪われたのだ。親はアカネに気にするなと言ってくれた。完治に向けて頑張ろう、と。しかしそれが本心からのものだったか、単に親の責任として発せられたものっだったのか、アカネにはもはやわからなかった。使命であり生きる意味にすらなっていたものをようやく捕まえたと思った直後に奪われ、未来も全部閉ざされた。自分には勉強しか取り柄がない。それを奪われたらどうしていいのかわからない。めちゃくちゃになりそうな心を支えてくれたのはーーーー

「あれ、なんだったっけ?」

アカネは思わず辞書をめくる手を止め首をひねる。何か大切な心の支えがあったはずだ。だが、思い出せない。

(…忘れちゃいけないものだったと思うんだけど、)

ぼんやりと虚空を見つめるアカネに案の定マダムの怒りの声が飛び、慌ててアカネは仕事を再開した。

(とりあえずダンブルドアは相当な狸親父ってことだけは確かだ)

優しいように見せかけてこんな仕事をさせるなんて。

こうなったらこの仕事を極めて、彼を見返してやると意気込み、アカネは集中力を一気に上げた。
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