砂時計

□自分の選択
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温かなスコティッシュブレックファストをいただきながら、アカネはダンブルドアに覚えている限りの物語の話をした。自分が思っていたよりもずっと穏やかに説明できたのは、もしかしたらあまりにも現実離れした(実際未来の)話だったからかもしれない。

アカネは記憶の中身をダンブルドアに託し、自らがそれら全てを忘れてしまうリスクを正確に把握していた。
ダンブルドアはきっと、最善を尽くしてくれるはずだ。『できる限り』犠牲者を減らしてくれるだろう。
…そう、できる限り。ダンブルドアは、彼の目的を達成するためならば犠牲を受け入れられる人だ。情がないわけではない。むしろ情がありすぎる人だ。だが、彼はその鋼の心をもってして、情を殺し、犠牲を払ってでも目的の達成を優先するだろう。

アカネとダンブルドアは似ている。しかしアカネの心の強さはダンブルドアに遠く及ばない。焦がれてやまなかった世界の、大切な人たちには一人でも死んでほしくない。

だから、アカネは全てを伝え終わった時、最後の布石を置きにいった。


「…これが、私がお伝えできる全てです。ただ、聞いていただけるのであれば…先生?」

ふとアカネが言葉を切ったのは、ダンブルドアの顔を静かにつたうものがあったからだ。

「いやはや、すまぬ。歳をとると涙脆くなってしまってのう。」

アカネには、ダンブルドアの涙のわけを正確に理解できた。
彼が家族にしてしまった罪の重さに長年苦しんできたこと。ヴォルデモートの破滅こそが自分に任された使命であると、情を押し殺して戦ってきたこと。だからこそ今、その結果が実ることを知った彼の感情は想像に難くない。

「…いえ、貴方の気持ちはよくわかります。ただ、お分かりかとは思いますが、この話はあくまで広がる未来の一つの選択肢。何か一つでも誤差が生じれば、簡単に崩れてしまうものです。
…上手く、立ち回ってください」

アカネの切実な言葉に、ダンブルドアは深く頷いた。

「おお、わかっておるとも。細心の注意を払うこととしよう」

「未来を知ってしまうことは時に知らないよりも辛いことだということは理解しています。」

(そう、あちらの世界で自分の余命を知ってしまった時の私のように)

「…だから、私はもしかしたら、貴方にさらに重いものを背負わせてしまったのかもしれません。その点に関しては本当に申し訳な…」

「そう、その通りじゃ。儂はこれから、自分が苦を背負わずとも、願いが叶うかもしれぬという誘惑、そして死ぬ運命にある者たちを救いたいという思いにとらわれながら生きねばならぬ。しかし、だからこそ君は儂を選んだ。何があっても揺るがぬであろう儂の心を信じて、のう。ならば儂は必ずや、お主の信頼に応えてみせようぞ」

アカネの言葉を遮って、ダンブルドアは返事をしてくれた。

「儂のことは大丈夫じゃ。出会って一晩しか経っておらぬが、君の人となりはおおよそ理解した上で、儂は君を信用しようと決めたからのう。君は君のしたいことを存分にすればよい。

…さて、先ほど君は何かを言いかけておったのう。続けてくれんかね?」

「貴方に心からの感謝を、ダンブルドア先生。
では続けますが、あと一つだけお願いがあります。1日だけ私に猶予をください」

静かに耳を傾けるダンブルドアにアカネは続けた。

「記憶は手放します。しかし、流石に何も手がかりがないのであれば、私が望む未来を手にするのは難しい。だから、未来の私に幾つかヒントを残したいんです」

未来を教えるものではないけれど、未来の私が正しい未来を掴み取れるように、少しだけ、道標を。

「そんなことであれば、儂に異存はない。今日一日、君の思うように動くといいじゃろう。すべきことが済んだら、この部屋をまた訪れなさい。合言葉は、覚えておるじゃろう?」

ダンブルドアの言葉に思わずアカネはくすりと笑みをこぼした。

「ええ、もちろん。私も是非こちらのお菓子をいろいろ試してみたいと思います」

「思わぬ味もあるが、おすすめの一品じゃ。
儂は夕方まで用事があって魔法省に出かけておる。もし君の用事の方が早く済んだ時は、この部屋で待っていると良いじゃろう」

「では、お言葉に甘えて。それと、朝食ありがとうございました。とても美味しかったです」

ふわりと笑って、アカネは立ち上がった。
やらなければならないことはたくさんある。時間が惜しい。早く動かねば。

跳ねるように歩きながら扉に手をかけたアカネは、はっと思い出したようにダンブルドアを振り返って、ちょっとしたお願いをもう一つだけ叶えてもらった。
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