砂時計

□記憶の行方
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「元から思っていたことです。私は『彼』が好きで彼の事を…過去も真実も知っているけれど、それは彼にとって望ましくないことなはず。それにそもそもフェアじゃないですよね、相手の内心を知ってるって。気持ち悪いですよ、普通。」

自分の内心を知られたくない気持ちはアカネもよく知っている。

「私だって、なんでもかんでもフェアであればいいとは思いません。寧ろそんな甘い事を、命をかけなければいけないこの世界で言うべきでないことはわかっています。私だって基本的に合理的な人間ですから。

それでも今回ばかりは…彼に対してだけは、誠実でありたい。そう思ったんです」

ダンブルドアはアカネの瞳が今までで一番、燃え上がるように強い光を灯していることに気がついた。

「…しかし、記憶を手放すと言うことは、君は『彼』のことも忘れてしまうのじゃぞ」

それでも君は『彼』を救えるのか、とダンブルドアは聞いているのだ。

「確かに記憶がないのは私にとってハンデです。でも、それが普通でしょう?人は他人と知り合い、絆を作り、そして恋をするのですから。

私が本当に彼が好きなら、きっと記憶なんてなくても彼にまた恋をする。そして、きっと彼のことを救おうとする。

今まで本の中の相手に対して不毛な感情を抱いて何年も過ごしてきたんです。それよりはずっと身のある状況ですし。」

アカネは迷いなくそう言い切った。

ダンブルドアもまた、アカネの強い感情に偽りがないことはよく分かった。しかし、ダンブルドアには看過できないことがあった。
アカネの言う『彼』とは十中八九、セブルス・スネイプのことである事はここまでの会話とこっそりと使わせてもらった開心術で確信した。そもそもアカネは本気で隠す気も無かったのだろう。
しかし、セブルス・スネイプはリリー・エヴァンズの為、彼女の忘れ形見の為に生きている。寧ろ彼にはその事しか頭にないと言ってもよい。だからこそ、ダンブルドアは彼を全面的に信頼できるのだ。
酷い言い方をしてしまえば、リリーの事以外に大切なものができてしまったセブルス・スネイプはダンブルドアにとって信用に値しない。
故に、スネイプに恋をし、彼を救いたいと言うアカネのことを放置するのは大きなリスクだった。

まだ、記憶があるアカネなら良い。今のアカネは、スネイプのリリーへの並々ならぬ思いも、スネイプの感情の重要性も知っているから、自分の感情だけでスネイプの心を荒らさないだけの分別を持っている。
だが、アカネは記憶を手放したいと言う。果たして、スネイプの過去を何も知らないアカネは感情のままにスネイプに思いをぶつけてしまわないだろうか。その自分へ向けられた甘い感情にスネイプは心を揺らしてしまわないだろうか。
思案にくれるダンブルドアを見ていたアカネは徐に口を開いた。

「貴方が何を危惧しているか、私はだいたい分かります。」

目を見開く老人を前に、アカネは微笑みさえ浮かべてみせた。

「前から思っていたことですが、貴方と私の価値観はとても似ています…性格も、思考も。」

表面上は優しく、人好きするの性格をしているが、内面には弱さや脆さと同時に、冷徹なまでの合理性を抱えている。必要とあらば情を切り捨てることも厭わないが、そんな自分を素直に認めることもできない。

「私は彼にまた恋をする、これは確信です。でも同時に、私はその恋を成就させようとは思わないだろう、とも確信しています。だって…」




その後に続いた言葉にはアカネの想いの大きさを感じさせ、ダンブルドアが納得するだけのものがあった。
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