砂時計

□夜中の邂逅
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どこからか、風が流れてくるのを感じる。深い、緑の匂いを含んだ風だった。
久しぶりに触れる自然の香りに引き寄せられるようにして、アカネの足は無意識に屋外へと向かっていた。
頭上に架かるアーチを抜けた先には、小綺麗な中庭が合った。

まさに「静謐」という言葉が相応しい、そこにいるだけで心が静かに凪いでいくような空間だった。

アカネは石でできたベンチに腰掛ける。恐らく此方の季節が夏だからだろう。冷たい石の感触が心地よい。
ふと空を見上げると、頭上に満月が輝いていた。
日本では、春・秋・冬と、それぞれに違った趣を見せてくれる月だが、そういえば夏の月というものは、あまり耳にしない。
妖艶な春の月でも、雄大な秋の月でも、怜悧な冬の月でもない、中途半端な夏の月。
それはまるで、何者にもなれない自分自身のようで、アカネは思わず顔を逸らした。

「っ!」

パチリ、と視線が交わる。

いつからいたのだろう、アカネのすぐそばには見事な髭をたくわえた老人が立っていた。
二人の間に沈黙が走る。

老人は可笑しな存在だった。半月型の眼鏡から覗く瞳には、深い知性が感じられるが、洋服は時代錯誤のローブ。しかも色彩が異常に鮮やかで、着ている人間のセンスの奇抜さを物語っている。

流石に此処までくれば、アカネも彼が誰か、わからずにはいられなかった。

「…ダンブルドア先生?」

英語でポツリと口に出す。彼が誰かわかった以上、いつまでも黙っている訳にはいかない。
今アカネの前に立っているのは、希代の策士であり、開心術の名手なのだ。
これは夢なのだし、杞憂かもしれないが、念のためアカネは自分の感情が悟られないように警戒をする。

そんなアカネの様子に、往年の大魔術師は僅かに瞳を見開いたが、すぐにその顔の皺を笑みで更に深くして、同じく英語で返してきた。

「儂を知っておるのかね?夢を見ている、お嬢さん」

変な言い回しだった。普通、夢の中の人間はそんなことを言わない。
不審げに眉を顰めたアカネの内心を悟ったかのように、ダンブルドアは驚くべきことくを口にする。




「この世界は君にとっては夢であり、我々にとっては現実じゃ」
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