□まくらのそうし
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今日も、いつもと同じだった。

いつものように、金曜日の部活が終わってから凛はすぐ鮫柄を出た。
上手く電車を捕まえ殆どいつもと変わらない所要時間で遙の家までやって来たつもりだ。

確かに寄り道こそしたが、見かけた製菓店で買ってきたブルーハワイ風味の青いゼリーは
見たところ好評だったようで。





――なら、一体何が今のハルの機嫌を損ねたっていうんだ?


凛はガリガリと後頭部を掻きながら、困り果てたように眉を下げる。

その視線の先には、こちらに背を向け座り込む、遙の姿があった。





事が起きたのはほんの数分前。
就寝時間が近付いてきたところで遙が突然凛の鞄を漁って白い凛愛用の枕――ある意味凛の生命線と言える――を取り出し、それを抱えて部屋の隅から動かなくなった。


それまではいつも通りの週末の時間が流れていたというのに。なんだこれ。


さっき軽く枕を返すように促した所、きっと鋭く睨み付けてきのだ。
全く収拾がつかないこの状況。正直ちょっと泣きたい。



(……そういえば)

ひたすら遙の背中を見つめていた凛だったが
1つ、頭に思い浮かぶものがあった。



(この前来たときもハルのやつ、なんかおかしかったような…)





先週、遙の家に来た時の事だ。

その時も今と同じような時間帯で、もう寝ようということで二人遙の寝室に向かって。


「……ん?」



遙について入った部屋にあった
いつもと違う点は1つ。



凛用に敷かれている布団がこの日は見当たらなかった。
いつもなら遙が毎回知らない内に用意していてくれているのだが――


「――ハル?」



ちらりと遙の方を見やる。何だか様子がおかしい。
その場に突っ立ったまま
黙って俯いている遙に、凛はああ、と手を打ち合点した。

何だ、それくらい直接言ってくれればいいものを。
そもそもそれが当たり前のように感じていた方がおかしかったのか。





「そこの押入れだよな」


「…!」


これは自分が使う布団は自分で敷けという無言の訴えだろうと凛は押入れに手をかける。



「次から自分でやるわ。毎回悪かった――な?」



先程から全く応答が無い事を怪訝に思い、凛は遙を振り返った


が、そこにその姿は無い。




「え、ハル?」




ベッドの上に盛り上がった布の山に声をかけてみるも、遙はくぐもった声で「うるさい」と言ったきり。


掛け布団から顔を出そうとしない遙に小首を傾げつつも、凛は自分で敷いた布団で眠る事にしたのだった。







(あの次の日は
特に何ともなかったよな……)

一体、あれもあれで何だったんだ……



相変わらず動こうとしない遙の背中を見つめながら、凛はぐるぐると思考を巡らせる。






――だが、もし先週の出来事と今のこの状況が結び付くとしたら。



決して布団云々の事ではなく、遙が違う何かを凛に訴え掛けていたとしたら。







「あ」




声と共に、ぽんと頭に飛び出して来たものがあった。


あまり確証は無い、けど。





「……も、寝るぞ。ハル」



「……」




枕を抱えたまま、遙がこちらに視線を送ってくる。


不機嫌そうだが、どこか寂しそうに見える(気がする)遙のその表情を見て
凛は思わずふっと笑いを溢した。

勿論聞き逃す訳の無かった遙の眉がむっとつりあがる。







「何を笑――っ?!」




軽い、とまでは行かないが思った以上に容易かった。
そうだ電気、消さねぇと。



「なっ……!離せ!凛!」



枕ごと遙を担ぎ上げ、暴れられるのにも構わず凛はそのまま階段を登って行く。




部屋の戸を引くと、やはり今日も布団は出されていない。




ベッドに横たわしてやると
漸く大人しくなった遙だったが、凄い勢いで睨み付けてくる。




「そんな睨むなよ。
つか、いつまでそうしてんだ?」


「?……あ」





そう、遙は腕の中にはしっかりと凛の枕を閉じ込めたままなのだ。

枕を見下ろし、決まり悪そうにそっぽを向いた遙に、また笑いが漏れる。





「……ま、別にいらねぇけど。」





「えっ……」


「その代わり、」



今日は"お前で"寝るわ。



そう言うや否や凛は遙の隣にぼすっと身を落とすと
その体を抱き寄せた。



「、凛」

「また暴れたりするんじゃねぇぞ。こうして欲しかったんだろ」





違うのか?と囁くと
遙の耳が目に見えて赤くなるのがわかった。







「……凛と、寝たいとは思って……た、けど」




途切れ途切れに紡がれる声。
どうやら抱き締められている事に戸惑っている様子。
それを察しつつ、凛は腕に力を込めた。




「じゃ、これでいいじゃねぇか。
お前は今日、俺の枕だしな」



どっかの誰かが返してくるねぇし。




「う……」




「つべこべ言わずに、もう寝ろ。」





何か言いたげな遙を制し、更に腕に力をこめる。





「……お休み、ハル」







きゅっと腕を掴んできた遙の手の感触に口元を綻ばせながら
凛はそっと目を閉じた。







end



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