□琴柱に膠す
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こんな時、渚が羨ましく思えてくる。
渚は何の躊躇いも無く、誰とでもすんなり距離を縮められるのだから。


それに対して、さっきから
ちらちら凛を見るくらいが精一杯の自分が正直気持ち悪い。
凛に何て思われるか、と思うと何だか怖い。



幸か不幸か、凛は雑誌に目を走らせているので、どうせそんな俺には気付かないのだろうけど。





「……」





凛は、すぐそこにいるのに。

手を伸ばせば
すぐ届く距離に凛はいるのに、勝手に自分で作り出した壁が邪魔しているようだった。







恋、というのはどうしてこうも煩わしいのだろう。

行動の一つ一つに見えない何かがのしかかってくるようで
思うように、自由に、身動きが取れなくなる。

ただ、凛に触れたい。それだけの事なのに
体はすぐに俺の言うことを聞かなくなってしまうのだ。




凛の隣に座りたい。
凛の体に体重を預けたい。
凛と手を繋ぎたい。
凛に頭を撫でられるの
絶対言わないけど好き、なんだ。
凛、凛 凛 りん


















「……さっきから何そわそわしてんだよ、お前は……」


「っ凛」


一気に意識が現実に引き戻され、はっとして声の方に目を向けると
凛がすぐ後ろまで来ていた。
いつの間に、こんな所まで。

欲しかった凛の体温が、今は背中で感じられる。
少し体をずらせば、ぴったりと身を寄せれる、くらいに。凛が。





「何かあるならはっきり言えよな……
俺は真琴じゃねぇんだぞ」

溜息混じりに言いながら、凛は俺の頭をぽんぽん叩く。
あ、凛の手だ。凛だ。凛の手が、俺の。




その感触から
さっきまでの蟠りというか、もやもやが、見えない枷が、
すっと消えて無くなっていくのを感じた。



「……ハル?」








手を、伸ばす。触れる。
頬を撫でれば、次に逞しい骨格を伝って、肩から、首筋へ、鎖骨へ――…


胸板に手を添えて、そっと顔を埋めてみる。
ああ、凛だ。凛の匂い。




水の中とはまた違う
形容仕切れない心地良さ。

さっきまで
俺は何を戸惑う必要があったのだろう。




「……ほんと、お前は」



俺の髪をすいていた凛の手が
今度は頬に宛がわれる。

…あ、これも 嫌いじゃない。




頬をさすられながら見上げてみると、凛も何だか嬉しそうで――


視線があえば、凛は笑って俺を抱きしめた











――恋、とは煩わしい事この上ないものだけど




これ以上の 安心感を 至福を手に入れる術を
俺は他に見つけられることは無いのだろう








end.
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