□琴柱に膠す
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「……電車、大丈夫なのか」

「ああ、最悪終電になっても問題ねぇ」

「……そうか」


日も傾き始めた頃、橙に染まった空に目をやりながら
遙は胸の内でほっと息をつく。


その日、七瀬家の座敷には凛の姿が見られた。

週末である今日に凛がいるのは別段珍しい事ではないが、いつもと違うのは
昨日、岩鳶高校にて鮫柄高校水泳部との合同練習があった事だ。

とはいっても
江の尽力があってか、今や合同練習は定期的に行われていたし、
岩鳶での練習時は
凛が解散後そのまま遙の家に直行するのもいつものことだった。


では、何が違うというのか。

事の始まりは
その合同練習があった昨日に遡る―――






練習が終わった後
更衣の際に遙はゴーグルが近くに見当たらないことに気付いた。


−−泳いだ後、何処かへ置き忘れて来たのか。



取り敢えずめぼしい箇所を探そうと、プールサイドへ向かう短い階段に足をかけたところ――



「凛ちゃんもさ、やっぱ大変だよねー!」

「……は、何がだよ」


いつもの調子で凛に
声を掛ける、渚の声が耳に飛び込んで来た。

遙は咄嗟にその場に固まり、そうっとプールサイドを覗き込む。


殆ど人がひいたプールサイドに、凛と渚の姿が見える。

突然の言葉に凛が眉をひそめたのが伺えたが渚は懐こい笑顔を絶やさずに「はるちゃんだよ」と一言。


「はるちゃんってマイペースだし、ちょっとドライな所もあるでしょう?
そんなはるちゃんの相手にして、凛ちゃん大変なんじゃないかなぁって」

「お前なぁ……」


無邪気に瞳を煌めかせる渚に、凛は堪らず溜息をつく――勿論、遙の方もあまり居心地が良いものでは無い。

だが、間を取りながらも凛はぽつりと呟いた。



「……確かに、ハルからってのはあんまりねぇな」


「へぇーっやっぱり?じゃあじゃあ、はるちゃんから凛ーってくっつきに行ったりしちゃうのも無かったり?」


ここぞとばかり集中砲火を浴びせに掛かる渚に、凛は顔を引き攣らせつつ言葉を返す。


「ねぇ、な」

「ふーん、そっかぁ……
ってことはぁ、凛ちゃんから手繋いだりキスしたりセ」

「渚……そろそろ黙れ」


1トーン下げた声で凛が制すと
渚は素直にはーいと、それも挙手付きで返事をする。

呆れたような顔で再び溜息を漏らすも
凛はそれ以上追求することも無く、そこで二人の会話は終わったのであった。





――――
――



――渚の言動・行動というものは
いつだって唐突だ。



まぁ、渚の事だし――昨日のは特に悪気は無い、単なる好奇心からでの事だろう。


だが、今まで俺達の間で触れられることの無かった話題をよそから突かれて
どうしても気に引っ掛かってしまう。




凛と新しい関係を結んで、それらしい行為をするようになると
自ずとリードするのは凛の役目となった。

そこから、何をするのもきっかけは凛から、という体が生まれるのにも
そう時間は掛からなかった。

昔からそういう事に疎い俺としては、正直そちらの方が楽に感じられたので
別にそれは構わないと思っている。



ただ、一つ困った事があった。


昨日
凛は、遙からというのは「あんまり」無いと表したが
あれは渚の手前、ごまかしたに過ぎない。


実際は、"全く"というのが正解だ。



――つまり、受け身をとるのに慣れすぎたせいか。


俺からアクションを起こすという事が――どうも、出来なくなってしまったのだ。





1番困るのは、今こうして
凛と二人、同じ空間を過ごしている時。




座卓を挟んで向かいに座る凛に
前髪越しに視線を送るも、気付かれるのが何となく怖くて
またすぐ反らしてしまう。




――俺 だって、たまには。



渚に詰め寄られた時の凛みたいに
溜息が漏れた。







――俺だって、たまには
素直に凛に甘えてみたい、んだ





けれど、どう頑張っても
自分から、凛に近付く事すら叶わないのだ。






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