□刹那の光
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(7話からの妄想という名の捏造話)






『お前と泳ぐことはもう二度ない』




凛は確かにそう言った。
それは、俺への当て付けなんかじゃない
あの時の凛の顔は、声色は――いつになく真剣だったのだか



言葉通りだ。
俺と凛がああして水の中を共にすることはこれから二度とないだろう。





――何も、気にすることはない。

俺は自由になったんだ。


凛が放った鎖から
俺はもう解かれたのだから。



そう、誰にも縛られず、依存せず、静かに水の中で―――










「……」




仄かなはずの月明かりが嫌に眩しく思えて、俺は夜風に背を向ける。


窓を開け放して
もう長いこと 夜の空を見上げていたのだ。




「――俺は」



抱え込んだ膝に額を押し付けて




――込み上げてくる何ともいえない
喪失感から目を反らせなくなっていた。














どれくらい時間が経ったのか
何処からか足音のような物音を聞き付け
俺はゆっくりと顔を上げる。







俺の他に誰もいないはずの部屋に

すっと伸びた、1つの影。



はっとして振り返ると
そこにいたのは







「――凛……?!」



今日、あのプールサイドで別れた筈の――
俺から遠く遠くへ姿を消してしまった、のに






凛が 何故 ここにいる?







「何で、凛が」






思わず声が漏れた。
だが、凛は俺の言葉には応えず
ただただ俺を見つめている。






その瞳はどこか、切なげで

またそんな凛を映やす俺の視界のはしっこに
月明かりが粒を落として――




次第に膨張したそれは、許容量を超えたか
ふっと視界から消えていく。






その、頬を伝う感覚に
俺は初めてそれが自分の瞳から溢れ出ている事に気が付いたのだ。






「え……」


独りでにじわりじわりと滲んでいく
それらに気をとられていたら

不意に凛の指が伸びてきて
人差し指がその粒の1つを払う。






頬にそえられた凛の手が
酷く心地好く感じられて――



ますます、それらはぽろぽろとこぼれ落ちていくのだ。






そんな俺に
もう片方の手を添え両の目を拭いながら
凛は笑って







「負けても泣くな……つったのは
お前のほうだろ、ハル?」





「っちが、う」




急に顔が熱くなって、
たまらず凛から目をそらす。
凛の手を振りほどくことは出来なかった。






「負けたから――なんかじゃない」



「じゃあ……何だ」



「知るか」



俺の応対に、凛はまた笑う。


強気な発言のわりに
自分の声は吃驚するほど弱々しかった。

そして、この今でも
どうもこの潮(うしお)は尽きる事を知らないのか。




声が震えないように
短く言葉を紡ぐのが精一杯だった。



とはいっても、何が俺をこうさせているのかが
定かでないのは確かであったけど。












凛の姿を目にした途端――
何かが、切れたような。



凛に触れられて
その温もりに、安堵していた自分がいて。




それと同時に
頭の中に蘇る情景。



数年前
凛が「本当の意味」で
俺の前から去ったあの時や


俺の為に泳げと、懇願するような凛のあの瞳。



そして、凛が俺に見せてくれた"景色"―――










――俺は






目の前の凛が、一層霞を帯びる。







――知らない内に
こんなにも凛に焦がれていたのか。










「ハル」







視界が開けてきた所で
変わらず俺を見つめる凛が言った言葉に、俺は目を見開く





「ハル、これは――夢だ」








どういうことだ、と俺が口を挟むことは許されなかった。



間髪入れずに凛のそれが重ねられ、
言葉どころか息までもが奪われていく。






「ん……ふ……っ」






波のように押し寄せて、ひいてはまた、俺を絆して。




はじめて体験する感覚に
体がうち震えた。






「ふ あ」





頭がぼんやりしてきた頃
漸く俺を解放した凛が
そのまま俺をぐっと引き寄せる





力の抜けた体はいとも簡単に
凛の腕に包まれた。








「凛……?」







凛の温もりと匂いに包まれて
思考が微睡んでいく。


いっそ、このまま蕩けてしまえばいいのに。









「ハル、これは夢なんだ。」





また繰返しながら
凛は更に俺を強く抱き締める。





「夢なんだ……なぁ、ハル」







凛が埋めた俺の肩に
また違う熱いものが広がる。





それに促されるかのように
俺の瞳はまた、光の粒を零した










「今だけは……俺と」










遠く、声が聞こえる。



夢だって、なんでも構わない。



凛がこうして ここにいてくれるのなら



凛の温もりに
包まれていられるなら、俺は―――











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