□君と
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「……ん」


14時を十数分ほど過ぎたところで、
凛は逆さまの世界に小さな影を見つけた。


まばらな人通りの中
どこか挙動不審に見えるそれは少しずつ、でも確実にこちらに近付いてくる。





腕に力を入れて鉄棒の上に座り直し、そちらに向かって目を凝らす。






「……あっ」






その影は偉く見覚えのある
彼の姿としっかり重なったのだ。




「っ七瀬!」



すかさず鉄棒から飛び降り
声を上げる。「なーなせー!!」






凛の声に気付いたのか
一瞬ぴたりと動きを止めたかと思うと
一目散にこちらへ向かってきた。




たまらず凛も走り出す。





「七瀬、どうしたんだよ!」




会話が出来る距離になって、凛が口を切ると
遙は息を切らしながら「ごめん」と呟いた。



いつもプールでかなりの距離を泳いでも
殆ど疲労の色を見せない遙が
膝に手をついてる姿を見るのは、凛には何処かおかしく思えた。






「何か……あったのか?」


道に迷ったとか。と続けると、遙はふるふると首を振る。



「家の人に行くなって言われたのか?」



「ちが、う」




若干サイズの大きいパーカーを着込んだ遙が
目が隠れるほど被ったフードの裾をぎゅっと握る。






「寝坊……した」




小さな声だ。





「……昨日の夜、寝れなかった
今日が……その」





ますます深くフードを引っ張り込みながら、遙は俯く。





「……七瀬?」





凛が眉を八の字に曲げて除き込んでみると、
遙の目は 溢れ落ちてしまいそうに揺れている。



凛の視線に気付いて、
遙は恐る恐るといった様子で口を開いた。





「今日が……楽しみで
寝れな、かった。
それで、起きれなくて」





声はどんどん小さくなっていったが、
いずれも凛の耳にはしっかりと届いていた。





更に強くフードを握り締めようとしたその手を、
凛がさっと取り上げる。






フードがぱらりと落ちて、遙の目が見開かれて


「ほらっ行くぞ七瀬!」




そんな遙に構わず、凛はそのまま走り出していた。






――なんだ、七瀬も楽しみにしてくれたんだ。








「怒って……ないのか?」




促されるように走りながら発せられた
遙のか細い声を
凛は気にするなとばかりに笑い飛ばす。



遙の言葉にすっと体に風が突き抜たようになって
待たされていた事などすっかりどうでもよくなったのだ。







「そうだなぁ……
お前が好きな鯖も、いるかもしれないぞ!」





振り返り際にニカリと笑って見せた凛に、
遙がまた目を丸くして
そして少し口元を綻ばせた。









――なぁ、七瀬。
俺は、もうすぐここからいなくなるんだ





遙の手を引きながら、
凛は心の内でひとりごちる






――その前にさ、
俺は、お前と笑った思い出を
1つでもたくさん作っておきたいんだよ



end.






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