ワタシと標的
□笑顔
1ページ/1ページ
一限目が終わったと知らせる音を聞いて、ああ、もうそんな時間かと重い瞼を開く。
体を起こしてベッドから下りると、殺気まじりの視線が突き刺さってきた。
「…なんですか?」
乱れた髪を直し、少しシワになってしまったシャツを払いながら聞くと、お前の所為で顎が痛いとシャマルから返ってきた。
意味がわからず、まだ寝ぼけている頭を回転させて考えた。
すぐ答えは出たが。
「眠る前に言いましたよね」
「知らねぇよ!」
オレは体勢を変えてやろうとしただけだと、嘘臭い言葉を並べるシャマルをじと目で流し、ベッドのお礼を告げて保健室を出た。
*****
教室に入ると男子生徒達から無傷で返ってきたと言われて不思議に思ったが、席についた時に雲雀さんに見つからなかったの、と沢田に聞かれて納得。
つまりは、授業さぼったのに雲雀に咬み殺されずに無事でいるぞあいつ、という事だろう。
「保健室で寝たから雲雀には会ってないよ」
「ええぇ!!!? シャマルがベッド貸してくれたの!? 嘘!?」
この世の終わりかと思う程の大袈裟な反応をする沢田が面白くて、笑みが零れた。
きょとん、と私を見て動かなくなった沢田。「どうかした?」と問えば、予想外な答えが沢田の口から出てきた。
「そんなふうに笑えるんだね」
どういう意味だと顔をしかめれば、悪い意味じゃないよと慌てて返されて。
「何て言うか、その、オレ達まだ知り会ったばかりで悠也くんの事よく知らないけど、つまらなそうって言うか、無理に笑ってるように見えてさ」
驚愕して言葉が返せなかった。今まで一度も言われた事がなかったから。気づけば呼吸もしていなくて、慌てて空気を吸った。
何してるの、驚いただけ、自然に振る舞えばいいのよ、わかってる。
動揺しすぎだ落ち着けと言い聞かせ、はっ、とする。
“超直感”
そういえばそんなのがあった、と何だか少しホッとした。本来なら安心する場面ではない。
「そう見えるなら、沢田達が笑わせてくれたらいいんじゃない?」
「オ、オレ達が!?」
「そう見えるなら、だ」
会話を暫く続けていると、お約束とでも言うように会話に割り込んできた人物が一人。
「10代目と何時まで喋ってやがる」
「交ざりたいなら言ってくれよ。交ぜてやるからさ」
「ち」
「何だか楽しそうなのな。オレも交ぜてくれよ」
「ほら、こんな感じに」
ニヤニヤとおちょくれば「山本と一緒にすんじゃねぇ!」と怒鳴り返される。まだ数回しか重ねていないこのやり取り、何故か結構好きな私がいる。
はいはいと流して横を見れば、やんわりと微笑んで私を見ている沢田と目が合った。
「そんなに見つめられると照れるんだけど…」
「んなっ…!?」
「な、何考えてやがる…! 10代目!!!! こいつ危険です! 関わってはいけません!!!!!!」
「よくわかんねぇけど、大丈夫だと思うぜ?」
「危険すぎんだろーが!!!!」
「何がだ?」
「〜〜っ!」
何でわかんねぇんだと騒ぎ始めた獄寺と、僅かに頬を朱に染めて困惑した表情の沢田。私が頬を染めて恥ずかしそうに言ったのが相当効いたらしい。
「っふ、ふふ…ふっ、ふふふ…っ」
「な…っ、て、てめぇっ!! 嵌めやがったなっ!!!!」
「な、なんのこと?」
プルプルと肩を震わせ、手の甲で口許を押さえて笑いを堪えた。
どうやら彼はご立腹の様でダイナマイトを両手に3本ずつ持ち、今にも点火しそうな勢いだが、山本が羽交い締めにしている為それは防がれている。
何故だろう。何で…素で笑ってるのだろうか? 睡眠不足だから? 先程、沢田にあんなこと言ったから? どうかしてる…。でも、込み上げてくるものは抑えられなくて。なにこれ……。
そんなことをしている内に休憩時間とやらは終わり、次の担当教科の教師が来て獄寺と山本は自分の席に戻った。
教科書の何ページを開いてとか、ここが大事とか、皆がノートにせっせとペンを走らせている中で、私は教科書もノートも開かず悶々としていた。
――…任務中に私情を挟んではいけないよ…
初めて任務に行く時に言われたレンさんの言葉が、ずっと頭の中で木霊していた。
*****
「悠也くん」
午後の授業も終わり、やっと帰って眠れると席を立った時だった。
沢田が私に声をかけてきた。もう嫌な予感しかしなかった。
「10代目、マジでこいつ誘うんすか…?」
「駄目…かな?」
「多い方が楽しいじゃねーか」
「オレはこいつが気にくわねぇんだよ!!!!」
「あの、よかったらオレん家来ない? み…、皆も一緒…なん、だけど…」
ちらりと獄寺を見て言う言葉が予想通りでああやっぱりとしか思えず、誘いに乗るか断り寝るかの優先順位は明白だ。
「行く」
それしか言えない。これは遊びではないのだから。
*****
「母さんただいまー」
「「おじゃまします!」」
「ツーナー!! ランボさんとあそべーー!!!!!!」
「……。」
沢田が玄関の扉を開けてすぐ、ランボが走って飛び出してきた。飛び出して、だ。
「ナイスアホ牛!! たまにはいいことすんじゃねーか…っ!!!!」
「ちょ、ランボ! その人オレじゃないって…!」
「間違いは誰にでもあるよな」
私と沢田を間違う様相が何処にあるの。普通間違わないでしょ。
沢田を飛び越えて私の頭に乗ってきたんだよ。
「ちょっと離れようか」
頭を掴んで引き剥がし、きょとんとした表情のランボを下ろした。
「ツナさん、おかえりなさい」
辮髪の少女も玄関までお出迎えに来た。沢田はただいまと返し、急に飛び出したら危ないって何時も言ってるだろ、とランボに怒りだした。
何時もなのかよこの牛…と呆れていると、何だか視線を感じて目を向けた。私の視線の先は辮髪の少女。眉間に皺を寄せて威嚇している様な表情で物凄く睨まれていた。
睨み返す訳にもいかず、じっと見つめ返した。
「あっ!」
その声につられて沢田達の視線が少女に集まり、ランボも同じことを口にした。
「あっ! ランボさん思い出したんだもんね! ケーキくれた人だもんね!」
「ケーキ美味しかった、ありがとう」
頭を下げる少女にだけどういたしましてと返した。だって、
「ねーねー、今日はケーキないのー?」
ズボンを引っ張ってケーキをねだってくるんだよ、こいつ。あるわけないでしょ。
「いい加減にしろランボ!! おやつなら母さんが用意してくれたのがあるだろ!!」
「なんだよ! ツナのケチ!」
「ケチで結構! ごめんね悠也くん」
「構わないよ。次にお邪魔する時は何か持ってくることにするよ」
それは右腕であるオレの役目だとつっかかってくる獄寺はほっておいて、沢田の部屋にお邪魔させてもらう。
「で、なにするの?」
「何言ってんだ」
沢田のベッドの上に座っているリボーンくんが、ニヤリと口角を上げた。