守りたいもの
□もう1人の看板娘
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ちらりと扉に目をやる。あっ、鍵閉めたんだっけ。
「開けろ!! 村人からの通告があった!! 我々はふもとに駐留する聖騎士様配下の騎士団! 〈七つの大罪〉とおぼしき錆の騎士を捕らえにきた!!」
げっ……うるさいのが来た。
「なんかうるせえ奴が来た」
私とメリオダスの思考は似ているのかな……。少し複雑。
それより、何があっても平然としてるメリオダスってすごい。
「聖騎士……」
女の子は突然の招かれざる客に困惑していた。その様子を見て逃がしてあげたい気持ちになる。追われる理由なんて人それぞれだけど、この子は多分、悪い人ではない。
「リーベ、そいつを裏口から逃がしてやってくれ」
「うん、まかせて」
「珍しくのり気だな」
「ただの気まぐれだよ」
「そうか。んじゃ、頼んだぞ」
「はーい」
メリオダスと同時にカウンターを飛び越える。彼はホークちゃんに錆の鎧を着せ始め、私は女の子の腕を引いた。
「えっ……あの………」
「大丈夫、私たちが逃がしてあげますから。それとも……捕まりたいですか?」
「……ありがとう、ございます」
涙目で述べられた感謝の言葉。その姿が、あの日の自分と重なって見えた。
裏口から出てすぐ、周りを監視していた騎士団の1人に見つかった。でもこれは想定内。ここからが私の仕事だもの。
「追っ手は私がなんとかします。あなたは前だけを見て走ってください」
「は、はい!」
後ろから「捕らえろぉーーーっ!!!」と騎士の叫び声が聞こえた。弱いやつほどよく吠える。
「霧の幻“ミストビジョン”」
辺りが薄っすらと白くなり、霧に包まれる。これは私が森で暮らしていた時、人間の目を欺くために使っていたもの。魔力を感じ取れるものにはあまり効果が無いけど、こいつらになら十分効く。私が銀髪の女の子に見えているはずだ。あくまで目的は女の子を逃がすこと。囮なんてしたことないから上手くいくといいけど。
「ぐぎゃっ!!」
なに今の不意打ち喰らいましたみたいたな声。後ろの様子を確認すると、ホークちゃんが騎士達に突進していた。私の時間稼ぎが無駄に……。うーん、でもいいや。全員縛りあげよう。
そう思ったのも束の間、目の前に崖が迫っていることに気がついた。……どうしよう。あの子気づいてるかな?
もし気づいていないならあの子を落ちる前に助けなくてはならない。その後すぐホークちゃんも、だ。間に合うの? 両方助けられる?
崖は目前。悩んでる時間は、ない。
絶対両方とも助けるんだ。ぐっ、と足に力を入れて飛び出す体勢をとる。少し地面にヒビが入った。地面を蹴ろうとした時、女の子が視界から消えた。
「こっちは大丈夫だ! ホークを頼む!」
「了解!」
メリオダスが女の子を抱えて木に登っていた。いつも危ない時に助けてくれるんだから。ほんと、敵わないな。
体勢を変えて騎士の視界から消える。消えるといっても、やつの目にはいるはずのない人物が映っているだろうけど。
崖の前にある木の陰に隠れ、魔力を解除した。
「なっ、なにぃ〜〜!?」
「あらよーっと!」
突然消えた女の子と目の前にある崖に訳が分らない、といった顔でホークちゃんに突進され落ちていく。
「ぷごーーーっ!? 落ちるーーーーっ!!!!」
同時に落ちかけたホークちゃんを救出し、そのまま抱えてメリオダスのもとへ走った。
「死ぬかと思ったぜ……」
「ごめんね、私のせいで」
「リーベ、お前よくホークを抱えて走れたな」
「えっ、いや、その……」
頬をぽりぽりと掻いて目を逸らす。怪力女だと思われたかな……。でも私には普通なんだよね……。
「まあいいか。んで、さっきの話の続き、聞かせてくれるだろ?」
「ねぇ、もしかして逃がす気なかったの?」
にし、といい笑顔を返される。まぁな。言われてないのにそう言われた気がした。最初から隠れるか縛りあげとけばよかったよ。
怒る気はない。いつものメリオダスだから。
「私もさっきのお話の続き、聞きたいです」
女の子は一瞬暗い顔をして俯いた。かと思えばすぐに顔をあげ、私たちに背を向けて遠くを見つめる。そして、ぽつぽつと話し始めた。
「私が〈七つの大罪〉を捜し旅する理由は……聖騎士たちを止めるためです。3人に何度も助けていただいた恩は決して……決して忘れません……。でも、どうか私のことは……忘れてください」
困ったような、助けを求めるような、なんだか泣きそうな笑みでこちらを見た。それじゃ……、とこの場から去ろうとする女の子をホークちゃんが呼び止める。
「聖騎士っていや、このブリタニアを守る騎士の中の騎士。英雄だろーが?」
「……そして、たった1人でも一国の兵力に匹敵する力を持つ恐ろしい存在です。その彼らが、この国に戦をもたらそうとしていたら?」
女の子の口から告げられたものは、耳を疑いたくなるほどの恐ろしいものだった。
聖騎士達がクーデターを起こして国王を拘束し、国は陥落。戦の準備、と周辺の町、村から人々を強制連行をして、男には兵士としての訓練、女子供には食料備蓄、老人には城壁の建造を強要。更に、逆らう者は容赦なく処罰されるとのこと。
最後の方だけ声が震えていた。恐らく、処罰というのは……。
「じきに、この辺りにも影響が及んでくるでしょう」
「ま……マジかよ!!」
「大変だなー」
冷や汗たらたらのホークちゃんと平常のメリオダス。私はただ話を聞くだけで、何の反応もできずにいた。
「大丈夫か?」
「あ……うん、大丈夫」
メリオダスに声をかけられてはっとした。僅かに手が震えていたのに気づき、心配かけまいと言葉を返す。
そっか、とそれ以上何も聞いてくることはなく、互いに女の子の話に意識を戻した。
「唯一……聖騎士たちを止める希望があるとすれば、〈七つの大罪〉だけなんです!!」
「お前さー、〈七つの大罪〉がどんな連中か知ってて捜してんのか?」
「まだ、私が5つか6つの頃……父がよく話をしてくれました。〈七つの大罪〉は7匹の獣のシンボルを体に刻んだ、7人の凶悪な大罪人から結成された王国最強最悪の騎士団だったそうです。彼らは今から10年前、王国転覆を謀った疑いで王国全聖騎士から総攻撃を受け、散り散りになった……」
「……んで、全員死んだって噂もあったっけな」
死んだ。その言葉を聞いて、背を向けていた女の子は勢い良く振り向く。
「……そんな凄い人たちが簡単に死ぬ訳がありません!!」
「んー……。でも、大罪人なんだろ?」
その問いに、女の子は血相を変えて声を張りあげた。
「現実に人々を苦しめているのは、聖騎士たちなんです!!」
今にも零れ落ちそうなほどの涙を溜めた目。ひしひしと伝わってくる必死な思い。……知ってる。私はこの目を知っている。この目は――とても大切な何かを守ろうとする目だ。
「きゃっ」
「っ……!?」
「「!?」」
突然揺れ、傾きだす地面。崖崩れではないと直感的に感じたそれの答えは1つ。
“誰かがやった”
誰か、だなんて分かりきってるじゃないか。今の話を聞く限り、こんなことをする人なんて……聖騎士しかいない。