守りたいもの
□もう1人の看板娘
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騒がしかった店内は一瞬で静まり返り、皆飲むのをやめた。中には青ざめてジョッキを床に落とす人も。
「七つの大罪」とうわ言のように呟く鎧の姿はかなり不気味。ユーレイには見えないけど。
「で……でたぁぁあぁ〜〜〜〜〜っ!!!! 〈七つの大罪〉だーーーー!!」
大慌てで形振り構わず逃げて行くお客さん達。蹴られた椅子とこぼれたエールで床は大惨事だ。
「さ、錆の騎士……」
「リーベ、お前はそこから動くなよ」
こくりと頷いてカウンター前で見守ることにする。メリオダスはカウンターを飛び越えて錆の騎士の前に立った。
「………お前誰だ?」
問いかけるが返事はなくて、沈黙の後にぐらりと揺らいだ錆の騎士は派手な音をたてて倒れた。倒れた時の衝撃で鎧の兜が外れ、げれんげれんと転がる。中にいた人間の顔が露わになった。
「女の子……だぜ」
「そう、だね」
鎧の中にいたのは綺麗な銀髪のかわいい女の子。どうやら気を失っているようだった。
「うんにゃ!!」
「ええっ!!?」
「……何考えてるの」
明らかに女の子だというのにメリオダスは違うと訳のわからないことを言いだす。彼を無視して鎧を脱がせ、私が使っている部屋に運ぶことにした。
ベッドに寝かせるなり顔を凝視したりベッドの周りを歩き回ったりと、落ち着きのないメリオダス。起きるまで大人しく待とうと言おうとした時。
「この寝顔。このボディライン。このニオイ。この弾力……、やっぱり女だな!!」
女の子のニオイを嗅ぎ胸を揉みだした。顎に手をあててふむふむと頷き1人で納得しているが、どう見てもわかってやっている素振りだ。
「このっ……確信犯!!」
ホークちゃんが私の言いたいことを言ってくれた。さすがホークちゃん!
「メリオダス! いつまで触って……!!」
つかつかと歩み寄り一発ぶち込んでやろうとした。だがそれは目を覚まし上体を起こした女の子により止められる。今もなお胸を揉み続けるメリオダス。悲鳴か手が飛んでくるかと思いきや、顔を赤くして状況を把握しようとしていた。
「あ……あの…………?」
「……動悸に異常なし!」
「あ……ありがとうございます?」
「このヤロ〜〜飄々と!!」
「遠慮なくひっぱたいてくれていいんですよ?」
「おいおい、ただの動悸確認だろ?」
「どこがだ!!」
全く、困った人だ。
「こ……こは………? あの……私はなぜ…………?」
「フラ〜〜ッと店に入ってきていきなりぶっ倒れたんだ、お前」
「……店?」
「〈豚の帽子〉亭! オレの店なんだぞ」
きょろきょろと部屋の中を見る女の子は、自分がどうして此処にいるのか、わかっていないようだった。
あの錆びた鎧を着て、意識がとぶまで何をしようとしていたのか。
「こいつ、錆びた鎧見て怖がってたんだぜ?」
「なっ!? 怖がってないよ!! 少しびっくりしただけだから!!」
私を指差してからかってくるメリオダス。ついつい向きになって返してしまう。
「あなたが……店主さん……?」
「みえないですよねー。小僧の店員さんにしか」
「そういうこと言うとお仕置きするぞ」
「さっきのお返しだもーん」
ふふ、と声を漏らして笑う。女の子を横目に廊下へと続く扉に向かい、手をかけた。
「お店の後片付けしてくるね。変なことしちゃだめだよ」
「悪いな」
「ホークちゃん、見張りよろしく」
「まかしとけ!」
パタン。部屋を出て、酒蔵を出て、廊下に出た。とんとんと階段を下りる小さな音だけが耳に響く。
はぁ……。息を吐いて自分の心を落ち着かせる。よし、やるか。
ぐっと両手の拳を握り締め、掃除に取りかかる。椅子をテーブルの上に上げて零れているエールを雑巾で拭いて。掃除にだけ意識を集中させようとしても、頭の中にちらつく女の子の顔。初対面の人間はやはり怖い。
仕事中は“客”だと割り切っているけど、あの子は違う。後片付け、と逃げるように食堂に来て……情けない。あんなに良くしてくれているのに、未だにメリオダスのことをちゃんと信用できていない自分が嫌いだ。
考え事をしているうちに掃除は終わり、丁度メリオダス達が1階に下りてきた。
「おっ、もう終わってる」
「さすがリーベちゃんだな!」
「ありがと。そっちはどうしたの?」
「飯食わせてやろうと思って」
「ふーん」
「オレが作るからリーベは手出すなよ」
「えっ……」
ひらひらと手を振りながら厨房に行った。自分の作る料理が不味いのを知っていて食べさせるだなんて。何を考えているんだか……。
「あ、あの……」
遠慮がちに声をかけられて顔を向ける。目が合って、花のように綺麗な笑顔で彼女は笑った。
「私のことを部屋まで運んでくれたと聞きました。ベッドまで貸してくださりありがとうございます」
「気にしなくていいですよ。それに、あのベッドは私のじゃないですから」
ほら、座って待ちましょう。と言葉を続けてカウンターに座らせた。
ホークちゃんと女の子が楽しそうに会話をするなかで、私はカウンターの中で皿を磨き続けた。しばらくして、出来立ての料理を片手に得意気な表情で厨房から出てきたメリオダス。カウンターの上にそれを置いた。いつも通り美味しそうだ。
「ほい。冷めないうちに食っちまえよ」
「ありがとうございます。私……なんてお礼を言ったらいいか……」
「いーから食えって!」
「はい……いただきます!」
メリオダスに急かされ、女の子は出された料理を一口サイズに切り、口に運んだ。
「どうだ、まずいだろ?」
「……はい」
「「やっぱり!」」
カウンターの上に乗り出して楽しそうにしているメリオダスを見て、こいつ質が悪いなと思ったのは私だけの秘密。
その直後、女の子が突然涙を流しだした。言い表せないほど酷い味なのはわかるけど、泣くほどのものかな?
「……でも、すごく……おいしい……」
泣きながらこの不味い料理を美味しいと言った。それも笑顔で。その笑顔が思い詰めたように見えて、何をそんなに抱え込んでいるのか、気になってしまった。
「なぁ……お前、あんな鎧姿で何してたんだ?」
「……捜しているんです。〈七つの大罪〉を」
メリオダスも私と同じことを考えたのか、鎧姿で何をしていたのかを女の子に問いかける。返ってきた答えは大罪人を捜しているというものだった。
「その人達を捜してどう」
するの。と、続くはずだった言葉は乱暴に叩く扉の音に遮られた。