守りたいもの
□出会い
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懐かしい里の風景が広がっていた。それがなんなのか理解するのに時間はかからず、夢か、と覚めたくない衝動に駆られる。
「メノン様、本当に私が守護者としてお側について宜しいのですか?」
「どうしたんだいリーベ。君らしくないね。いつも守護者として仕えたいと言っていたじゃないか」
「でも……今の私じゃいざという時に守れるか……」
優しく微笑んでそう言ってくれているのに、素直に喜べない私がいた。
私なんてまだまだ未熟で、魔力だって私より強い者がいるのに。
「大丈夫。自信を持ちなさい。里の者がリーベに一言でも反対の意見を出したかい?」
「いいえ。ですが……」
「リーベ、わたしはあなたが使う魔力が好きですよ」
私が使える魔力に攻撃できるものなんてあまりなかった。それでも好きだと言ってくれたことが嬉しくて、選ばれたのがなぜ自分なのかと悩むのをやめ、毎日のように魔力を使って尽くしていた。
「………ん」
覚めない夢なんてないんだと、少しがっかりしながら重い瞼をゆるゆると開いた。
見なれない天井、白いシーツが敷かれたふかふかのベッド、段々意識がはっきりしてきて部屋をぐるりと見回せば、私は知らない部屋で眠っていたのだと理解する。慌ててベッドから飛び降りた。
「ないっ!!!!」
身に纏っていた白いローブと肌身離さず身につけているウエストポーチがなかった。
再度部屋を見回そうとして目に入ったサイドテーブル。その上に畳まれたローブとウエストポーチが置いてあった。
安堵の息を吐いてそれらを身につけ、部屋の扉を開く。
「あの子はまだ寝てんのか?」
「長旅で疲れてるんだろ」
下の階から声が聞こえて、ホークちゃんと少年の声だと分かり、下へと続く階段を下りた。
そういえば挑発にのってエール飲んで、その後の記憶がない。ここが移動酒場ならさっきの部屋は少年の……。
「よう! やっと起きたか!」
「昨日はこの馬鹿が悪かったな」
「なんだよホーク、あいつを部屋まで運んだのはオレだぞ」
「お前がつぶしたんじゃねーか!」
どうやら私は酔いつぶれたらしい。しかも少年に部屋まで運ばれた挙げ句、ベッドでそのまま爆睡だなんて。
「その……、運んでくれてありがとう。ベッド借りちゃってごめん」
「気にすんな! オレも一緒に寝たし」
聞き捨てならない言葉が私の耳に入ってきて、えっ、と裏返った声が出た。
少年はオレのベッドなんだから当然だろ、といった顔で私を見ている。
頬がほんのり熱くなった気がした。
「寝相……悪くなかった? 私、何かした?」
おずおずと聞けば何を思ったのか、きょとんとした後に腕を組んでにや〜っと悪い顔をした。
「寝相は悪くなかったが――何も覚えてないのか?」
「えっ、な、なに」
「んにゃ、覚えてないならいいんだ。まあ気にすんな」
私、絶対何かした!
そう思ったらとてつもない羞恥に襲われて1秒でも早くこの酒場から出て行きたくなり、店の出入口へと急いだ。
「ここまで乗せてくれたことには感謝します。ありがとうございました。……エール、ごちそうさま」
「おう!」
歯を見せて笑う少年の笑顔を背に、私は店を出た。
「あいつ素のほうがかわいいよな、ホーク」
「素って酔った時のあれか?」
扉越しに聞こえた会話は聞かなかったことにした。羞恥死してしまう。
酒場は町から少しだけ離れた場所に停まっていたのですぐ町に来られたが、町の様子に驚き立ち尽くしてしまった。
町中に緑が溢れ、とても綺麗だと噂で聞いたシェーンという町。
だが、目にしたものはお世辞でも綺麗とは言えない、枯れかかった葉がいっぱいの木がある町だった。家の中からおじいさんが出てきてふと我に返る。
「あの、すみません。シェーンの町はここであってますか?」
「あぁ、そうだよ」
話を聞けば、暫く雨が降らないうえに日差しが強い日が続き、葉が枯れかかっているらしい。人の手では限界があり、どうしようもないのだ、とおじいさんは言った。
「おじいさん。町の人達とご相談があるのですが、集めることは可能ですか?」
「ん? あぁ、それは可能だが何するんじゃ?」
「木々の緑――取り戻したくないですか?」
白いローブで顔を隠しているからか、不審がっていたおじいさんは少し考えた後、「少しまっとれ」と姿を消した。数分後、町の人達をぞろぞろ連れて戻ってきた。
「待たせてしまってすまないね」
「いえ、お集め頂きありがとうございます」
私の姿を見た人達は、本当なのか、怪しくないか、大丈夫なのかと、不満をぶつけあっていた。
「さっそくですが皆さん、私と取り引きして頂けませんか? この町の緑をすぐに取り戻すと約束します。代わりに……そうですね、この範囲だと金貨15枚でどうでしょう? 前金になりますが」
金額に不満をもったのか、批判的な言葉を投げられた。無償でしてもいいけれど、それでは私が困る。丁度持ち金も尽きそうだったし、1番手っ取り早い稼ぎ方なのだ。
「駄目ですか?」
「怪しいし信用できない!」
「金だけもらって逃げるつもりだろ!」
「胡散臭いわ!」
「では……」
近くにあった木に触れ、魔力を使った。小さな光がその木を包み、葉に生気が戻り始める。光が消えた木は生気を取り戻し、生き生きとしていた。
「これでどうですか?」
町人達は目の当たりにした光景に驚きを隠せないといった様子だったが、納得したのか、私の条件を飲んでくれて、金貨を前金で渡してくれた。
「ありがとうございます。では、私も約束を果たしますね。皆さんは自宅で待機しててください。光が消えたら出てもいい合図です」
指示に従って全員自宅に戻って行った。窓から心配そうに此方の様子を伺っている人達。逃げないのに、なんて思いながら町の中心まで歩いて行き、両腕を上げた。
「天気雨“サンシャワー”」
光の雨が町全体に降り注いだ。
木々達が光り、町が暖かい光に包まれる。範囲が広すぎて周りを見る余裕がない。きっと、神秘的で綺麗な光景なんだろう。
光が消え、町の人々が家の中から出てきた。笑顔と喜びの声が聞こえ、よかったと私も嬉しくなった。
「……っ、もうひと仕事……かな」
雨が降らなくて困ってると言っていた。なら、竜神族である私が助けるのは当然じゃない?
雨“レイン”
辺りが少し暗くなり、上空に雨雲が現れる。人々がぽつぽつと降り出した雨に気を取られている隙に、私は路地へと急ぎ、姿を隠した。
「……はぁ、ちょっと……無茶した、かな………」
息が切れ、立っているのがやっとの状態。予想以上に魔力を使った。壁にもたれ、息を整える。幸いここは屋根があり、濡れずに済みそうだ。
「おっ、いたいた〜」
「探しちゃったぜ、まったくよー」
「なんか弱ってるし、チャンスだろこれ♪」
柄の悪い人の見本みたいな男3人が路地に入ってきた。私を捕まえるつもりなのだろうか。魔力を使いすぎてふらふらの状態ではまずいかもしれない。
「何か用ですか?」
「不思議な力を使う白いローブを纏った女ってお前?」
「はい?」
「捕らえるか情報を提供すれば聖騎士から金がもらえんだけど、捕らえるほうが美味しいんだわ♪」
「最近じゃあちこちで噂になってるぜ。大人しくしてればなーんもしねーよ」
左手首を掴まれぐっと引かれた。踏ん張る力すらなくて引かれた先へと身体がついて行く。捕まるなんて嫌だ。何をされるかわからない!
「つかこいつどんな顔してんの?」
「あーそれオレも気になる!」
「お前そっちの手押さえろ。オレがフードとる」
「なっ! 放せ!!」
抵抗も虚しく終わり、呆気なくフードをとられた。目を瞑ると状況判断が出来なくなってしまう為、諦めるしかなかった。
「金色の瞳?」
「こいつ竜神族か!!」
「竜神族って滅んだんじゃなかったか?」
「んなことはどうでもいいんだよ! こいつを売れば聖騎士に金貰うより儲かるじゃねーか!」
どうして人間はこうなのだろうか。私は何も悪いことはしていない。助けた結果がこれだ。なのにどうしてメノン様は人間を恨んではいけないと言ったのだろう。こんな奴らなら殺しても構わないと、私はそう思うのに。
こいつらの顔をもう見たくなくて顔を伏せると、いつの間にか溜まっていた涙が頬を伝って流れた。
「お前泣かせんなよー」
「オレかよ」
「売られんの怖くなっただけだろ」
ギャハハと下品な笑い声が路地に響いた。今も昔も、私は何一つ守れないでいる。
「はい、そこまで」
男達の悲鳴と聞き覚えのある声。掴まれていた腕が解放されて、支えがなくなった腕はだらんと落ちた。
顔をあげて声の主を見れば、この町まで乗せてくれた<豚の帽子>亭の店主の少年だった。