AとかEとか関係ない!

□終業式
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春。風が吹く度に桜の木が揺れて花びらが宙を舞い、ひらひらと地面に落ちていく。落ちた花びらが少しずつ積もって桜の絨毯ができる季節。
そして、私が3年生になると同時に彼等と離れる時期でもある。





「桐原さんおはよー」
「おはよう」


クラスメイトからの挨拶に、私は作った笑顔で挨拶を返した。これは私にとって社交辞令みたいなもの。全く気持ちが篭っていない、という訳ではないけれど、信用できていない人達への対応だ。


「やあ、おはよう郁さん」


ぽん、と肩に手を置かれて振り向けば、爽やかな笑顔の男子生徒が居た。彼の名は浅野学秀。理事長の息子であり生徒会長でもある彼は、成績も優秀で学年1位の実力者。常に弱者を見下している彼を私は良く思っていない。


「おはよう浅野君」
「明日から春休みだね。もしよかったら僕と、」
「あ、ごめんなさい。春休みはもう予定があるの」
「…そう。なら仕方ないね」
「本当にごめんなさい…。また別の日に誘ってね」


次も断ってやる、そう思いながら彼の隣を歩き続ける。私たちは同じ教室なので、


「じゃあ、また」
「うん。また後でねー!」


という別れ方が、何かが無い限り出来ない。そうなると当然並んで入る事になる訳で。


「浅野君、桐原さんおはよー! 今日も二人で登校? 本当に付き合ってないのー?」
「…毎日同じことを言わないで」
「君達、あんまり郁さんを困らせないであげてよ」


こんな会話がほぼ毎日あり、嫌気がさしていた。顔が良くても性格が最悪なのよ! と叫んでやりたい。



******



ふわぁ…と欠伸をしながら終業式に参加してE組いびりを聞きつつ、渚に手を振る。が、渚は俯いていて此方に気づいてくれなかった。
渚だけじゃない。E組行きが決定した生徒全員が俯いていた。生徒と教師に笑い者にされれば当然、か。
式が終わったら渚の所に行こう。そう考えながらくだらない式が終わるのを待った。






「渚ーっ!」


体育館から出てきた渚の背後に忍び寄り、ガバッと首周りに腕を回して抱き着いた。


「わっ! え、あっ、郁さん!」
「なーに沈んだ顔してるの? あんなの気にすること無いよ」
「あ…、うん……」


腕を離して渚の正面に回り込む。彼の表情は何時もの可愛い笑顔ではなく、無理に作られた悲しい笑顔だった。


そんな顔……してほしくないのに。


「ねぇ渚、帰りにカルマの家に寄って行かない?」
「えっ…でも、」
「周りの視線なんて気にしなくていいよ。ね、行こう?」
「……。」
「なら放課後デートにする?」


前屈みになり顔を下から覗き込む。途端、渚の頬がほんのり赤くなる。


「えぇ!? い、いいよ! カルマ君の家に行こう!!」


冗談で言ったデートは必死に手を振るわれ、1秒も間が空かずに断られて終わった。


「…即答しなくてもいいのに。まあいいや、じゃあ校門前で待ってる」
「うん!」


渚と別れ、教室へと戻る。渚と喋っていたからか、


「桐原さんE組の人と喋ってたよね…」
「えー…、うそぉ?」


と、ヒソヒソと話している生徒を見て溜め息を吐いた。




******




「「おーい渚!!」」


教室に入ってすぐだった。何とも言い難い血相で駆け寄ってきた岡島と前原に、渚は少したじろぎながらも返事を返す。


「な、なに?」
「桐原さんと話してたってのは本当か!?」
「抱き合ってたってのはマジなのか!?」
「えぇっ!? 話してたのは本当だけど抱き合ってはいないよ!! 誰が言ったの!?」
「渚が桐原さんと仲が良いのは知っていたがE組行きとなった今でもだと!? やっぱり彼女は巨乳の天使だ…ッ!」
「だよなぁ〜。抱き合ってる訳ないよな、驚いたわ…」


渚の問いを無視、というより耳に入っていない様で、聞きたい事を聞けた二人は自分の世界に浸っていた。


「よーお渚君! 彼女とイチャイチャしてきたのかね?」
「中村さん!」


ニヤニヤと妖しい笑みを浮かべながら渚に寄ってきた中村莉桜。趣味は渚にセクハラすることだとか。


「人前で抱き合うなんてやるねー。驚いちまったよ」
「勘違いされる言い方しないでよ!? 二人に言ったのも中村さん!? あれは郁さんから抱き着い、」
「「「「「なにいぃー!!!?!?」」」」」


聞き耳を立てていたのか、クラスの男子の大半が渚の周りを囲った。思春期の男子は恐ろしいのだ。
その状態は下校のチャイムが鳴るまで続き、止めてくれたのはクラス委員の片岡メグと茅野カエデの二人だった。




******




「桐原さんまたねー!」
「新学期もよろしく〜」


ひらひらと手を振りながら走って帰っていく生徒に「またね」と笑顔で返した。


「(どうせ……。)」


徐々に小さくなっていく背中を見つめ、作り物とはいえ笑顔だった私の顔は少しずつ曇りだす。
校門の前で立ち止まり誰にも気づかれない様に小さく溜め息を吐いた。


「何か悩み事?」


はずだった。


「……何で聞いてるの、浅野君」
「たまたま聞こえただけだよ」


何かを企んでいそうな笑みを浮かべる彼を見て少しムッとした。


「前々から聞きたかったんだけど、何でいつも溜め息吐いてるの?」
「……気のせいでしょ。」


誰にも知られていないだろうと思っていた事が見透かされていた。その事実が気に入らなくて、普段は口にしない事を口にする。


「仮にそうだったとしても浅野君には関係ないよね。誰にだって悩みの一つや二つはあるでしょ?」
「僕にはないかな」
「そういう事にしといてあげる。嘘だとしても、ね」


普段なら「何でもないよ。心配してくれてありがとう」等と返していただろう。人の感情って怖い。


「…またね、浅野君」


ニコリと笑みを貼付けて旧校舎がある山に向かって足を一歩踏み出した。
刹那、右手首を誰かに掴まれた。言うまでもなく一人しかいないが。


「僕じゃ頼りない?」
「(えっ…、)」


彼がそんなことを言うなんて。驚愕したけれど、言わない事には変わりない。この学校のシステムは、私には変えられないから。


「あ、浅野君だもん、そんなことないよ。それに悩み何てないから。…ありがとう、心配してくれて」


掴まれた腕を振りほどいて旧校舎へと足を進めた。


「(な、なんかビックリした…!! 一瞬だけどときめいちゃったじゃん! 一瞬だけど!!!!)」


少し俯きながら小走りで歩いて行く私を見て、浅野くんが笑っていたことを私は知らない。
また、私が頬を染めて照れていることなど、彼が知る由も無い。
 


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