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□アイシテル
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蘭丸君との約束は、沢山あった。


付き合ってることは秘密にする
仕事中にメールや電話はしない
人前では今までと同じように接する
オフの日に会うのは絶対人目が付かないところ。


アイドルとしては当たり前の事ばかりだが、女として言わせて貰うと正直これなら付き合ってなくても一緒ではないかと思う。
だがそれも“今”の話。あの時は幸せすぎてきっと馬鹿になっていた。
家に帰ったら、電話して、メールして、それだけが私の楽しみにになって。
私も蘭丸君も仕事が疎かになっていたのかもしれない。社長にはすぐにばれてしまった。

「名前、事務所に来い。」

そんな電話が来たときは嫌な予感しかしなかったが、嘘をついてもどうせバレるだけ。私は大きく溜め息をつき「わかりました」とだけ返事をして通話を切ったのだった。




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“お前達を切るつもりはない。”

昔の、社長の言葉が今になってグルグルと回る。あの時私は解雇となることを覚悟して事務所に向かったのだが、社長から突きつけられたのはそんな言葉だった。

簡単に言うと私達は社長のお気に入りだったのだ。だから私も蘭丸君もステージに立っていられる。恋愛禁止のシャイニング事務所所属の私達にとってそんな有り難いことがあるはずは無いのだけれど。



だから、か。
それからだったかもしれない。蘭丸君から気持ちが離れていったのは。

…いや、正確には離れていっていないのだが、何から何までよくしてもらっている社長への罪悪感が蘭丸君への感情より勝ってしまったんだと思う。


「ランラン、悲しんでたよ。」

いつの間にか隣に立っていた彼に、私は「うん」と曖昧な返事をした。
頬を叩くけっして心地よいとは言えない冷たい風に、私は目を瞑る。それでも、意地悪な嶺ちゃんは話をやめない。

「ボク、名前ちゃんはもっと頭がいい子だと思ってたよ。」

馬鹿にするように、呆れたように、そう。

怒っているのか。


そう思いゆっくりと重たい瞼を開けば、予想と反して嶺ちゃんは悲しそうな表情を浮かべていた。


「…なにが言いたいの?」

私はそんな彼を威圧するように睨む。
だけど、嶺ちゃんは気にしたような素振りはなくて、寧ろしっかりと私に目を合わせてきた。
それがなんだか耐えきれなくて、私から目をそらす。


「もっと、方法はあったはずだよね。」


いつものふざけた喋り方じゃなくて、真面目であまり躍動の無い彼の声に私は肩を揺らす。
…違う、私は、こんな話をしたいわけじゃなかった。

……こんな後悔、もう遅いけど




ごめん、嶺ちゃん。私は嶺ちゃんに聞こえないくらいの声で呟いた。

「…ないよ、私達には、ない。」

「っどうして…!!」

必死になっている嶺ちゃんに私は思わず苦笑する
、なんで嶺ちゃんがそんなに泣きそうになってるの?

「私は、仕事が大切だよ。もちろん、蘭丸君も。…でも、それを両立できるほど器用じゃないの」

「…やっぱり馬鹿だね、名前ちゃん。」

自分で自分の首絞めちゃだめだよ。そう笑った嶺ちゃんは、やっぱり泣きそうな顔をしていた。

「嶺ちゃんって、私たちのこと大好きだよね。」

「…当たり前だよ、名前ちゃんのバーカ。」

自分から言ったくせにその素直な言葉が恥ずかしくなって私は笑ってごまかす。

…蘭丸君のことは、大好きだ。当たり前のように。

だけど、だから、




『私は、仕事が一番大切だよ』

『…別に、それでもいい。』

『…それから、蘭丸君よりも、自分のことの方が大切。』

『…気にしねぇよ。』

『………もう、傷つきたくない。』

ハッとした蘭丸君の表情に、私は胸がチクリと痛んだ。蘭丸君といて傷ついたことなんて一度もない。…強いて言えば、彼を騙そうとしている今はキツいけど。

蘭丸君以上に自分が、仕事が、ファンが大切。
その気持ちに嘘はなかったから




のばされた腕を、私は振り払った



「名前ちゃん…。」

不意に嶺ちゃんは、苦しそうにそう私の名前を呼ぶ。



もちろん、それらはいろいろ考えての行動。
嶺ちゃんが言うように他にもなにか方法があったかもしれない。だけど離れる事以外に“幸せになる方法”は見つからなかったから。

「…泣くくらいなら、別れなきゃいいのに。」

そんな嶺ちゃんの言葉に私は驚愕した。

泣くくらいならと、嶺ちゃんはそう言ったが私の目から涙なんてものは一滴もこぼれていないのだ。
泣きたい気持ちであったのは事実だが、気付いていないだけとかそういうわけではなく本当に。

「泣くでしょ?僕がいなくなったら。」

「…泣かないよ。」

顔に書いてあるよ、嶺ちゃんはそう困ったように笑った。…やっぱり嶺ちゃんのほうが泣きそうだ。

いつだって、そう。
嶺ちゃんはいつもおちゃらけてるクセにこういうときだけ、…私を、惑わす


「僕、名前ちゃんを本気で尊敬してるよ」

「…なに、いきなり。」

「……辞めないでよ。歌うの。綺麗な声もってるのに」

皆も絶対そう思ってる。そんな確証なんて無いはずなのに、嶺ちゃんが知らないだけで私はめちゃくちゃ嫌われてるかもしれないのに、嶺ちゃんははっきりとそう言い切った。

思わず目頭が熱くなるのがわかる。

やめてよ、綺麗とか、そんなの…思い出しちゃうでしょ。

『先輩の歌は、綺麗だ。』

「っ…ふ、く…」

溢れ出して止まらない想いが、頬を伝っていくのを感じた。

『…後輩が出来ると、大変っスね。
…や、楽しくないことはねーけど』

全部出てきて、それも、鮮明に。

『会えない時間も、声を聞ければそれで良い。歌でも、なんでも…って俺なに言ってんだ』

彼との時間は、短いくせに大きすぎて

『…会いたいって、そんなん男から言えねーだろ普通…。』

ぶっきらぼうで、素直じゃなくて、わかりづらい事なんてありまくりだけど、

『会いてぇよ、ずっと一緒にいたい。』

だけど、私をいつだって大切にしてくれていた


「っ…好きだよ…!」

会いたい。

掠れる声で、そう叫ぶように言った。



もう戻れないのはわかってるけど、そんな状況を作り出したのは私だけど、会いたい。蘭丸君と、離れたくなんて、ない。


「…だって、ランラン」


どうする?

嶺ちゃんのあり得ない言葉に、私は俯かせていた頭をバッと上げた。




開くドア

…まるで、時間が止まったようだった。

「…バカな癖に、変な神経使ってんじゃねーよ」

そこには蘭丸君が立っていて、彼はとても苦しそうな、傷ついたような表情をして、私を抱きしめた。

「俺がどんだけ傷ついたか…知ってますか。」

「っごめ…なさ…!」

それでも私の目から流れる涙は止まるどころか、さっき以上に溢れてくる。

「…もう、絶対はなさねぇよ。」


結婚しよう。
少しだけ小さくなった彼の声に、私は大きく頷いた。


ねぇ、蘭丸君。

お願いだから、消えたりしないで。
私達の間に時計なんていらない。


…だって私たちは、いつまでも一緒でしょ?





 
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