short

□plunder
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別に、嫌いだという訳ではなかった。
昔はそれなりに仲も良かったし、ただ同じ“御曹司”だったというだけで対抗心を燃やしているわけでもない。

それは憶測ではあるが彼奴も同じだと考えていたが、それは間違いだったのかもしれない。


「神宮寺さん、」


笑顔で神宮寺の隣を歩く愛しい彼女。
神宮寺は、それに応えるように優しく手を取り微笑む。

誰が見てもそれは“恋人同士”だった。



『あ、あの、大丈夫ですか?』

早乙女学園の入学を猛反対する父に、少し頭を冷やしてこいと言われ素直に受け取り公園のベンチに座っていれば、目の前の景色が変わり俯かせていた頭を上げる。


話しかけてくれたのは、名前も知らない一人の女だった。よっぽど酷い顔をしていたのだろう。彼女は、俺の顔色を伺うように顔を覗いてきながらも、困ったように眉を下げる。

透き通った声に、白い雪のような透明感のある肌。…不思議な人だと、思った。


大丈夫、そう告げれば、彼女は安心したように笑って、

『良かった。』

そう、呟いた。

正直わけが分からなかった。俺は泣いていたわけでも、困ったような素振りを見せたわけでもない。
それでも彼女は俺に声をかけてくれた。…意味は分からない。だけど彼女は優しい心の持ち主で、俺が少し彼女が気になっている事くらいはわかった。



けれど、もう会うはずもない人。それはあまりにも一瞬の出来事で、一時は夢のように感じていたこともあったが…現実だとすぐに気がついた。

『あ、この間の…、』

家にいてもあまり居心地がよくはなくて、街を歩いていれば、あの時の彼女にあった。何故だか気持ちが落ち着かなくて、少し嬉しいような気分になった。が。

『ごめんなさい!』

彼女はそう、深く頭を下げる。訳が分からない俺は当たり前のように困惑した。
謝られるような、心当たりはない。

『いきなり大丈夫ですか?なんて、おかしいですよね、しかも面識がない方に…失礼なことをしてしまってすみませんでした。』

だから、そんな事かと思わず笑ってしまった。
彼女は困ったように慌てはじめるが、それさえおもしろく感じてしまって。そんな事は気にしていない、素直にそう告げれば彼女はまた安心したように『よかった。』と笑うのだった。


『聖川さん。』

それから何度か、…いや、何度も彼女に街で会った。会う度彼女は、笑顔で俺に話しかけてくれる。それが嬉しくて、毎日のように街に出かけては彼女を探していた。


『聖川さんは、自分のやりたい事を誰かに否定されたとき、自分の意志を貫き通しますか?』

ある日、こじゃれたカフェで会話をしていれば彼女はいきなりそう問いかけた。
自分も、今悩んでいること。それを聞かれて、動揺しなかったわけではない。なのに彼女の前で格好をつけたくて、貫き通すとはっきり答えた俺は愚か者だ。


彼女がそうですかと無理矢理作ったような笑顔で笑ったことにも俺は気がつかなかった。


その後の彼女は、変わった様子もなかったし、俺もまたいつも通り接してしまっていて。


『よお、聖川。』

彼女と店を出て別れると、いきなり肩に腕を回された。彼奴だと、見ずとも分かる自分が少し嫌だった。

『あの子、可愛いな。お前の彼女か?』

からかうような、楽しそうな神宮寺をキッと睨む。

『…違う。が、』

彼女はお前が手を出して良いような女ではない。
そういうと、神宮寺は笑った。

『そんなに警戒するなよ。…ていうか、オマエの彼女じゃないならどうしようがオレの勝手だろ?』

挑発したようにそう言った神宮寺にふざけるなと怒りが湧いてくる。

『まぁまぁ、そんなに怒るなって。心配しなくても悪いようにはしないさ。』

『…意味が分からない。』

それだからお子様なんだよ、聖川は。そう言うと神宮寺は去っていった。
大丈夫だとはおもってる。彼奴とは接点もないし、これからあるとも思えない。だけど、おかしな胸騒ぎがしてならなかった。…あぁ、俺は、彼女が好きなんだ。やっと気がついた。この、心が晴れない理由。




だけど



『神宮寺さん、こんにちは。』


毎日のように会っていた彼女と音沙汰がなくなっていた頃、それでも諦めずに毎日街を訪れていれば、

彼奴の名前を呼ぶ、彼女にあった。
…あった、というよりは見た、といった方が正しいのかもしれない。こんな時でも勇気のでない俺は、ただ仲良さげな2人を見て立ち尽くすだけだった。

…いわけがましいが、笑顔で楽しそうにしている彼女の“邪魔”はできなかった。







それから今まで、彼女と話すことはなかった。
街では、あった。何度も何度も、彼女は話しかけてくれた。…だけど俺自身がそれを拒んだ。
何度も何度も無視をして、それでも用もなく毎日街を訪れている俺は最低だと思った。



凍えそうな寒い日。


雪とともにこの想いが溶けてしまえばいいのに、だなんてポエムのような言葉を思い浮かべ彼女に会ったあの場所で今日も俺は彼女のことを想う。
 

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plunder
意味は“略奪”





 

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