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□不純でもいいですか。
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激しい雨音。
鳴り響く雷。
今日は、天気が悪い。
「本当に、なにをやっているんですか。」
呆れたように大きな溜め息をつくトキヤに「ごめん、」と苦笑した。
今日、仕事で夜遅くまで収録をしていた俺は、この豪雨の中帰れずにいて。
メンバーの中でも唯一車を運転することが出来るトキヤに連絡をいれて迎えにきてもらうことにした。
…のだが。
「この雨の中空腹だからといって傘も差さずにコンビニまで走るなんて…有り得ませんね。」
そう。
素直にスタジオの前でトキヤを待たずコンビニまでビショビショになりながら走ったため、トキヤはご立腹なのだ。
…ちなみにコイツは“オレの心配”ではなく全身ビショビショで車のシートを濡らしてしまいそうになったことに怒っている
「…だからってバスタオル買いに行かせることないだろ」
口を尖らせながらも小声で、トキヤに聞こえないくらい小声で言ったのに、トキヤは「は?」と物凄い眉間にしわを寄せながら言った
こんの地獄耳…。
そりゃまぁ、感謝はしている。している、けど、やっぱりコイツって意地悪だよなぁ。
「…にしても、良い車だよな。トキヤのって。」
まぁ、そんなコト今に始まったことじゃねーし。そう割り切って俺は話題を変えた。外車ではないが、あえてデジタルではなくアナログの時計がオレ的には、めちゃくちゃカッコいいと乗る度に思う。
「マネージャーに買わされたんです。私は別に中古車でも構いませんが、ファンのイメージを崩すなと。値段自体は翔でも一括で払える程度ですよ。」
いやいや程度って、俺ら結構稼いでる方じゃねーかと突っ込みそうになるのを抑えた。
トキヤはHAYATOをやっていた時から貯めてるらしいから、最低限の生活費にしか使っていないオレの倍はあるだろう。
…そう考えるとこえーな、芸能界。
マンションの地下にある駐車場に車を止めると、俺らは一緒に車を出た。
ST☆RISHは部屋は違えど全員同じマンションに住んでいて、いつでも会える状態になっている。学園時代は寮で二人一部屋生活していたし、仲が悪くない、寧ろ仲のいい俺らからしたら逆に1人の部屋は慣れなかったりする。
「今日はありがとな、おやすみ。」
笑顔でトキヤにそう言うと、「本当に迷惑です。」なんて言いながらもおやすみなさいと返してくれた。
オレの部屋は57階フロアの一番端っこで、トキヤはその隣の隣。ちなみに隣は那月だ。
大きくため息をついて、俺は鍵を開けた。
窓が三個ある以外には全て壁のこのマンションでも、大きな雷の音はよく響いている。
「…あれ?」
玄関にきっちりと並べてあるヒールの高い赤い靴に、俺は一瞬首を傾げてすぐに気がついた。
「……名前、来てんのか?」
それはオレがアイドルになる前から付き合ってる彼女のものだった。
なかなか会えないからといって、かなり前に合い鍵を渡していたのだが、それを使って家に来ることは一度もなかった、のに。
なにかあったのだろうか。
そんな不安が脳裏をよぎって、ビショビショになった靴を脱いで廊下を走った。
「名前ー…?」
一番居そうなリビングに入ってみたが、電気がついていなくて、手探りにスイッチを探していると、物凄い勢いで何かが突進してくる
「うぉっ!…って、名前…」
たまたま手をついたところに電気のスイッチがあって、電気がつくとそこには肩を震わせた名前がいた。
いや、居るのはわかってたけどなんで電気も付けないんだよ。
「お、おい…どうした?」
「……い。」
「え?」
「遅いよ馬鹿…」
呆れたように、怒ったように、安心したように名前そう呟いてギュッとオレを抱きしめた。
…あぁ、そういえば。
「…悪い。雷、怖かったんだよな。」
コクリと頷く名前に、不謹慎にも可愛いと思ってしまった。
名前は雷が大嫌いで、前にも一度こんな事があったがすっかり忘れてしまっていたみたいだ。
もう大丈夫だから、そう、力強く抱き締めてくる彼女の頭を撫でようとすると、大きな雷の音が鳴り響いた。
「っ」
「うわ。すげぇな…って、お前マジ平気かよ。」
さっきよりずっと震えながら名前はオレから離れない。…つか、オレかなりビショビショなんだけどいいのかこれ。
小さく溜息をついて、取りあえずソファまで移動をし名前を一緒に座らせた。
「…えっと、いつ来た?」
「………雨、降ってきた頃。」
かなり降るってニュースで見たから、もしかしたらって。そう弱々しく言って、名前はごめんと呟いた。
「え、ごめんって、なんでだよ。」
「…仕事から帰ってきて疲れてるだろうに、…ホントごめん。」
は?と思わず声が漏れる。
なんだよそれ。そんなんなら、最初っから合い鍵渡したりとかしねーし。…こうやって来てくれたら、フツーに嬉しいし。
「別に、良いよ。…つかもっと来てくれても良いくらいなんだけど、オレは。」
口ごもらせながらもそう言えば、またまた雷が鳴ってムードはぶち壊された。
…や、逆かも。
「ちょ、名前、苦しいって。」
これでもかと言うほどにキツく抱き締めてくる名前。実はコイツはこうやって甘えてくることが滅多になかった。だから正直めちゃくちゃ可愛いし、オレだってすげぇ抱きしめたいけどこうやって怖がってるのにそれはやっぱりやっちゃいけないと思うし。…というわけで、理性を保つのに精一杯だったりする。今すぐ押し倒した…いとかは言わない。
我慢だ。我慢だ来栖翔。自分の欲に身を任せたりなんかすんじゃねーぞ。龍也先生だったらぜってぇ優しく抱きしめるし!
男らしいのがオレじゃねぇか。レンみたいに「欲に身を任せるのも充分男“らしい”と思うけど?」なんて不純なことはいわねぇ。
ここで幻滅されたらカッコ悪いし。なにより名前が大事だからな!
「っ翔君…、」
だけど、好きな女に潤んだ目で見つめられたら男としてはそりゃあ我慢できないモンもあるみたいで。
「…ごめん。」
そう、呟いて、そのまま名前にキスをした。ふにっとした唇の柔らかさに疲れ、なんてものは全て吹っ飛んだ。つか、忘れた。
…あー、やばい。幸せ。
「ん…っ!しょう、く…!」
苦しそうにオレの胸を叩く名前に、少し惜しい気もしながら唇を離した。
…やば。止まんなくなるとこだった、かもしんない。
「い、いいいいきなりやめてよ!!」
明らかに動揺して顔を真っ赤にしながらオレから離れた名前にもう一度ごめんと謝った。
「…名前が…か、可愛かったから。仕方ないだろ。」
オレだって男なんだし。そう付け加えると名前は恥ずかしそうに顔を両手で覆った。…やべ、オレなんかさっきと言ってること矛盾してない?
「だ、だいたい翔君はいきなり過ぎるんだよ!そんなにいきなりやられたらびっくり……きゃ…っ!」
顔を真っ赤にしながら説教をしてきたくせに、雷が鳴ると名前はまた抱きついてきた。
「…あの、名前さん、抱きつかれるとキスしたくなっちゃうんだけど。」
「そ、そんな事言われたって…!」
涙ぐみながらそう必死に抱きつく名前が可愛くてたまらない。どうしよう
「もう雷なんてだいっ嫌い…」
「…オレ、ちょっと…いや、かなり好きかもしれない」
「えぇ?!」
不純だ。すっげぇ不純。龍也先生は絶対こんなこと考えないけど、こうやって抱きついてもらえるなら雷もまぁいいかな、とか思ったりして。
(…雷の音、録音しようかな。)