short
□hands
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「トキヤくーん、」
「…なんですか。」
先程から人の家の床に寝そべっている、シャイニング事務所の先輩、苗字さんに溜め息混じりに返事をする。
真っ昼間から男の家に押し寄せて、この方には人気アイドルだという自覚があるのか。
…答えは“否”だ。
この人にはきっと、自分が女だという自覚さえない
「ケーキが食べたいなー。」
ニコニコと、私の顔を見つめながらそんな図々しいことを言ってくる苗字さんに、「は?」と眉間にシワが寄ってしまう。
ケーキなんてあるわけがない。そんなものを常備している男、気持ちが悪いだろう。
そう返そうとしたが、口を噤んだ。
…いや、いる。身近に2人ほど。
こんな図々しく非常識な女、すぐにでも追い出してやりたかったが、立場上無理があった。
一応はお世話になっている先輩でもあり、…まぁ、それはおいておくとして。
「…買いに行ってくるので、少し待っていて下さい。」
痛む頭に手を当て、棚の中の鍵に手を伸ばす。
電話でもなんでも一言入れて頂ければこちらも用意できたのに、いきなり来られても迷惑だということがわからないのか、この人は。
「え、私も行く!」
「はあ?」
聞き間違い、だろうか。
…いや、違う。何故なら目の前の苗字さんは寝そべっていたはずなのにコートを着始めているのだから。
「…苗字さん、ふざけないでください。」
「え?ふざけてないよ、」
だから、それがふざけているといっているのだ。
「だってトキヤ君の家なのに私が留守番っておかしくない?」
「男の家にいきなり来て寝そべりながら図々しくケーキを請求するあなたのほうがよっぽどおかしいと思いますが。」
そろそろ、苛立ってきた。
しかもこの天然女は「おとこ…?」なんて呟きながら首を傾げている。
そこは注目するところではないだろう。
「トキヤ君は、事務所の後輩でしょ?」
その言葉で、私の何かがプチリと切れた。
「それに、先輩なのに後輩におごらせらんないよ。」なんてヘラヘラと笑いながら発言する苗字さんを私はソファに押し倒した。
家にあれば食べたくせに、なにを言うんだこの人は。
「っえ、あ、ちょ、と、トキヤ君…?」
困惑しているように、焦ったように少し潤んだ瞳で見つめてくる苗字さんに、理性がおかしくなりそうだった。
バカで非常識な女だが、そこはアイドル。顔立ちはかなり整っている。
………もっと、ぐちゃぐちゃにしたい。
そんな考えてはいけないことが私の脳裏をよぎった
「後輩だって、男ですよ?先輩。」
そう、HAYATOをやっていた頃に培ってきた笑顔を作って彼女の唇に自分の唇を押し付ける。
抵抗しようとする苗字さんの腕を掴めば、「ん、ん、」と声を出そうとするが敢えて止めなかった。
「トキヤく…っ…いき、できな…!」
目に涙をためる苗字さんに満足して、私はわざとリップ音を立てながら唇を離した。
…なんというか。
「…いつも余裕そうなくせに、意外とヘタですね。」
呼吸をする方法もわからないのですか?
煽るようにそう言えば、苗字さんはバッと立ち上がった
「っ〜〜〜!か、帰る!」
「お邪魔しました!」そういって顔を真っ赤にさせながらも頭を下げる苗字さんに思っていたより非常識でもないかもしれない、と思う。
それにしても、
「…少し、やりすぎたかもしれませんね。」
正直、キスまでするつもりは無かった。
押し倒して、少し脅かしてやろう。それだけのつもりだったが、好きな人のあんな姿を見れば欲も深まるというか。
手荒な真似はしたくなかったが、全く意識もされないこの現状を変えたかったのも確かだ。
罵倒的な言葉も無かったし、ひっぱたかれることもなかったし明らかに拒絶しているというわけでも無さそうで。
次会うのが楽しみです。
そう1人呟いて、机に向かった。