short
□sugar*°
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私が好きなのは、“どっちの彼”なんだろう。
「名前ちゃーんっ!」
笑顔で駆け寄ってくるなっちゃんに、
私も笑顔になる。
「おはよ、今日も、元気だね。」
そういうのがなっちゃんの良いところだけど、そう付け足せば、なっちゃんは「名前ちゃんに会えたからです。」と恥ずかしげもなく微笑んだ。会えたからって、会いに来てくれてるんじゃん、と照れ隠しのつもりで呟く。
なっちゃんの発言には、戸惑ってしまう。
嬉しいけど、その分恥ずかしいというか、照れくさいというか、けして嫌ではないのだけど。
…愛情表現?がすごいなー、とは思う。
「名前ちゃんは、今日も可愛いですね。」
ほら、ほら、こういうところ。
付き合ってるからってこんなこと言ってくれる人、きっと神宮寺さんとなっちゃんくらいだ。
正直神宮寺さんより質が悪いかもしれない、と私は最近感じるようになってきた。神宮寺さんは確実に惚れさせようとっていうか、誘惑しに来てるけど、なっちゃんの場合は天然だし。
「なっちゃんの方が、可愛いよ。」
私の言葉に、なっちゃんは「えー?」と首を傾げた。
「えっと、ふわふわしてるとことか、いっつも笑顔なとことか、すっごい可愛いと思う。」
「それは名前ちゃんの方ですよ!
名前ちゃんだってふわふわしてるし、いっつも笑顔だし、僕より何倍も可愛いです!!」
熱弁するなっちゃんに、私は苦笑しながらもありがとう、と呟いた。このまま話してたら、ただの褒め合いになって私の心臓が持たない。
そんな彼、四ノ宮那月は2人いる。
眼鏡を外すと現れる、もう1人の彼、四ノ宮砂月。
私が初めてであったのは、なっちゃんではなく、砂月君の方だった。
「名前ちゃん、大好きです。」
「…私もだよ。」
過ごした時間も、なっちゃんより砂月君との方が長くて。私はずっと、なっちゃんを、知らなかった。
だからこそ、分からなくなる。
同じなようで、全く違う2人。
本当は全部なっちゃんのものだけど、私にとっては、違う。
なっちゃんも砂月君も、恋愛感情を同じくらい持っているか、と聞かれてしまえば私は答えられないはずだ。同一人物なのに、どっちが、なんておかしな話だと思うけど、本当になっちゃんと砂月君は別物だから。
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用事のあるなっちゃんとバイバイして、私はある人のところへ来ていた。
「ごめんね、いきなり押し掛けて。」
わざわざお茶までだしてくれる翔くんに、私は苦笑する。
来栖翔君。
中学からの友人で、なっちゃんを知るきっかけにもなったこの人を、私は何かある度に頼ってしまう。
「別に良いけど、今日はどうしたんだよ。」
「あ、いや…あの、いつもと同じなの。」
そう、自嘲的に笑うと翔君は大きな溜息をついた
「んなの分かってるっつの。那月がどうした?喧嘩でもしたか?」
呆れつつも、本気で心配してくれていたりしちゃう翔君に、私は相談している身なのに少し吹き出してしまう。
「…変な質問するけど、翔君にとっての、砂月君って、なに?」
絶対意味わかんねぇって顔するんだろうな、なんて思っていれば、やっぱり翔君は「はぁ?」と眉間にしわを寄せた
「なんだそれ。」
「ふ、深い意味はないよ?ただ、少し気になっちゃって。」
はぁあー?と髪の毛をくしゃくしゃしている翔君は少し困っているようで。やっちゃったかも、と今更ながら後悔する。
「俺は、那月と元々知り合いで、たまーにおかしくなるな、コイツって感覚だったからな。」
「…あぁ、そっか。」
「おう。だから、砂月に最初に会ったお前とは多分感覚はちげーよ。」
「俺は那月は那月で、砂月も那月だけどお前は違うだろ?」と、分かりやすく伝えてくれる翔君にその通りだと思った。私はなっちゃんはなっちゃんで、砂月君は砂月君。1人しかいない彼を、私は2人として捕らえてしまっている。
…本来ならば、翔君の言っていることが正しいのに。
「で?まさかそれだけって訳じゃねーだろ?」
「あ、えっと…」
翔君はなっちゃんが大切だから。そう思い、言葉を選んでいると、翔君の方から口を開いた。
「…どっちが好きか分からなくなった、とか?」
自分で言っておきながら、それはないかと笑いながら自己完結させる翔君に、私はごめん、と謝る。
「……は?」
「翔君が言った通りです…。」
やりきれずに、私は敬語になってしまう。今翔君がどんな顔をしているか分かりたくなくて俯いた。これは、なっちゃんに対する罪悪感なのか、翔君に対する罪悪感なのか。自分でもよく分からない。
「…難しいよな、それは。」
深い溜息をつく翔君に、私は小さく頷く。
「那月のこと、好きだよな?」
「そりゃ、すきだよ。じゃなきゃ付き合ったりとか、しない。」
「…じゃあ砂月は?」
「っ…好き、だよ。」
はっきりしない自分にイライラする。
わからない。全部全部わからなくて、苛立つ。
「だよな…。でもさ、それって、辛くないか?」
「…え?」
翔君の言葉に、首を傾げた。辛いのなんか当たり前だ。辛いから、相談してるのに。でも翔君はそんなことわかっているはずだから、と私は余計に翔君の言葉の意味が分からなくなった。
「や、もしだけど、砂月の方が好きだったとしたら、キツいだろ。いろいろ。」
「……あ、…」
私はそこでやっと、翔君の言葉の意味を理解した。それは、そうだ。だってもし私がなっちゃんではなく砂月君を好きになったとしても、あるいはそれに気付いたとしても、砂月君は結局なっちゃんなのだから、それは叶うようで絶対にかなわない恋になってしまう。
私がどんなになっちゃんのもう一つの人格を1人の人間として捕らえたとしても、無理なんだ。
翔君は私の心情を見計らったかのように「俺は“那月”が大事だけど、お前だって同じだから、なにも出来ねぇ」と謝った。
「流石に、その話には首つっこめねーわ。…もし、お前が俺の言葉に流されたりして関係が拗れても責任はとれないし。…ごめんな。」
「…ううん。私こそ、変なこと聞いてごめん。」