Pathetic Melody
□03
1ページ/3ページ
一ノ瀬さんが怖いのは変わらないけど、少しだけ印象が、というか見る目が変わったのは事実だった。
「どこか、移動しますか?」
その証拠に、少しだけ気分的に慣れたおかげかついさっきよりは全然話しかけやすいというか。
…日向先生の話によるとどうやらこの時間は教室を移動していいらしい。
周囲に人がいっぱいいる中で話をしてしまうと影響をうけたりする可能性がないとは言い切れないから、だとかで。
一応、聞きはしたが正直私は移動したいと思ってる。
教室だと話し声が目立って集中出来ないし、それになによりやっぱり周りからの視線が痛いくらいに突き刺さるのだ。
すると一ノ瀬さんも教室を見渡すと、
「…どちらでも構いませんが、これでは少しやりづらいですね。」
溜息混じりにそうつぶやいた。
…意見があったようで、よかった。
これで「どこでも一緒」なんて言われたらもう私はなにもいえない。
じゃあ、とノートとペンケースを持って立ち上がると一ノ瀬さんも同じようにすっと立ち上がった。
「…図書館で、いいですか。」
「あ、はい!全然、大丈夫です、」
図書館だったら広いし静かだし、確かに良いかも。
そんな事を考えていると一ノ瀬さんはもう教室を出ようとしていて、
私はあわてて追いかけた
────────────────
図書館につくと、私達は一番奥の、かどの席に座る。
誰かいてもおかしくないと思いながら入ったのだが、予想外にも図書館にいるのは入ってきたばかりの私達だけで少し驚いた。
きっと、他のペアはピアノや機材が揃っている教室を使っているのだろう。
…そう思うとほんとに図書館でいいのかと少し不安になった。
音楽的な本は他より揃っているとはいえ当たり前に機材なんてものはない。
早乙女学園は生徒の数もそれなりだがピアノが設置されている部屋もその分多いのだ、今からなら探せば空き教室もあるかもしれないし…。
あの、そう、話しかけようとするより先に一ノ瀬さんが口を開いた。
「そういえば、」
「、は、はい」
「苗字さんはどんな曲がすきなんですか」
「は、…え!?」
まさか、そんな事を聞かれるなんて思わなくて大きな声を出してしまう。
一ノ瀬さんは案の定嫌そーに顔をしかめるけど気にしてなんかいられない。
そんな私に一ノ瀬さんは溜息をついた。
「…言っておきますが、この質問を先にしたのはあなたですよ」
「あ、え、あ…まぁ、その、そうです、ね」
…あぁ、そういえば、確かに。
いや、確かにそうなんだけど、でも、突然すぎて質問の意図が分からない。
…あ、でも、…あ。
「…えっ、と…バラード、とか?」
考えてみたら、一ノ瀬さんは私が「曲作りの参考に」なんて言ったから私にも聞いてくれているのかもしれない。
というかそうだ、きっと、そう。
それなら話題づくりのために軽々しく聞かなければ良かった。…や、結局は「参考」になったんだけど。
…それはそれとして、どんな曲が好きか、とか結構難しい質問かも。
バラードが好きとは言ったがそれもそれで良く聞くだけで。
それを、嫌いな曲はないなんてきっぱりと言えてしまった一ノ瀬さんはやっぱり私とは違うなと思った
「では、それで。」
「え?」
それで…って、どれ?
「課題曲はバラードで」
「…えっ、い、いいですいいです!」
私は別にそういう意味で言ったわけじゃ、そう弁解しようとすると一ノ瀬さんはまた溜息をついた。
私は今日一日だけで何度彼に溜息をつかせてしまっているのだろう。
「好きでもない曲より好きな曲のほうが作りやすいに決まってるでしょう」
「でも一ノ瀬さんは…」
「…私は特に嫌いな曲はないので。」
すこし、強い口調でそういった一ノ瀬さんに私は「あ、」と声を漏らした。…そう、だった。
「…ごめんなさい、じゃあ、」
それでお願いします、そう軽く頭を下げた時だった。
一ノ瀬さんが、わかりやすく顔をしかめたのは。
「あれ、トキヤ?」
愛しい彼の声が、聞こえたのは。
「…音也、」
一ノ瀬さんが面倒くさそうに、そう名前を呟いた。
手が、震える。
ふり返らずともわかる。私の後ろに音也がいる、ただそれだけのことなのに、妙に緊張して息が詰まりそうになって…ふりかえることは、できなかった。
もう何日も、音也とは喋っていないのだ。
ここで久しぶりだと話しかけることができたらどれほど楽なんだろう。…なんて、そんな事も絶対に出来ないんだけど。
「なんだ、トキヤもここだったんだね、」
「…まぁ、」
「あ!そーいえば、テスト1位だったじゃん!」
「……まぁ」
「なんだそれ、嬉しくないの?」
俺だったらめちゃくちゃ嬉しいけどなーなんて、少し不満そうにする音也に一ノ瀬さんは更に更にと表情を歪めていく。
…一ノ瀬さんと音也の仲が良いだなんてしらなかった。…いや、一ノ瀬さんの表情を見ると、知り合いのレベルなのかもしれないけど。
「ま、俺も今回良かったんだけど」
「へえ、そうですか。」
「なんでそんな興味なさそうなんだよー、よかったよね、七海!」
「っ、」
はい、と嬉しそうに返事をする可愛らしい声。
…また、また、七海さんと…一緒なの?
「そうですか、良かったですね」
棒読みで、そう嫌みったらしく言い放つ一ノ瀬さんに音也は気づかないのか大きく頷いた
でも、そんなことはどうでも良くて、…そうじゃ、なくて、なんで、どうして
…私に気づいて、くれないの?
なんだかもう、馬鹿らしすぎて笑いそうになった。
後ろ姿、だけ。…でも、私たちっていつから一緒にいた?
何年も、ずっと、一緒にいて、気づかないって…そんなこと、ある?
また、少しずつ近づいてくる足音。
それならもういっそのこと気づかないでくれ。
…こんな状態であったって…あのころみたいにならないのはわかってる。
すると一ノ瀬さんは私に一度目を向けて、溜息混じりに立ち上がり私の前からいなくなる。
図書館は涼しいのに、変な汗が出てきた。
一ノ瀬さんは音也達の方に向かったようだけど振り返る余裕なんてなくって、机の上に置いた花柄の小さなメモに私はひたすら目を向ける。