Pathetic Melody
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私は歌が、苦手だ。
「ねぇ、なんでそんな音程取れないの?」
「うるさいな、黙って。」
小学校の音楽の授業で歌のテストの時、バカな彼にバカにされたのは非常に屈辱的だった。
そりゃ、もう、かなり。
それなのに、だ。
「ねぇ、早乙女学園、行こうよ。」
「…は?」
中3の春。人が進路のことで本気で悩んでいるときに突然そんなことを言い出したバカに怒りを通り越して呆れてものもいえない。
訳が分からない。小学校のときあんなにバカにしておいて、「早乙女学園行こうよ」?ふざけないでほしい。私はあの時のことを根に持っていて歌が好きではないのだ。
基本授業はまじめに受けているが音楽の時間だけはさも歌っているかのように、口パクをする。それくらい歌下手発言を気にしていた。
まぁ、そのおかげで口パクだけは誰にも気付かれないほどに成長したわけだが。…威張るような事でもないけど。
「は?じゃなくてさ、早乙女学園。あれ、知ってるよね?」
「知ってるけどそうじゃなくて!ばかにしてんの?ねぇ、私に歌下手だって言ったのは音也でしょ!」
半ばキレ気味にそう叫ぶと、音也は「そうだっけ」なんて困ったように笑う。
…なんなんだ、このバカは。こんなに気にしているのにそうだっけ?
これじゃ5年も気にしてる私のほうがバカみたいじゃんか。
「…ほんっと、有り得ない」
「なんで!?行きたいとこないならいーじゃん!」
「別に無い訳じゃないから!」
「…早乙女学園?」
「…バカにしてる?」
悩んどきながら結局ソレか。
ただでさえ苛立っているのに音也のせいで、三倍増だ。
大きく溜息をつく。
すると音也はそんな私を見て悲しそうな表情をした。
「…早乙女学園入れたら、寮生活なんだ、だからそしたらもう会えなくなるんだよ。」
「…あっ、そ。」
「寂しくないの?」
ズルい。そんな聞き方。
私が、断れなくなるって知っててやってる。
でも、それを知ってて断れない私も私…なんだけど。
私は音也のことが、好きだ。
小さい頃からずっと一緒にいた彼を、小さい頃からずっと想ってきた。
「…別に。」
「…俺は寂しいよ?」
きっと音也は私の気持ちに気付いてる。
それでいて私に思わせぶりな態度をとって、期待させる酷い男だ。
…気づいてなくてやっているのだとしたら、もっと酷い。
寂しくないわけ無い。
俺は寂しい?きっと絶対私のほうが何千倍も寂しい。
でも素直にはなれなかった。なってはいけない気がした
「俺別に、名前が歌下手なんて思ったこと無いよ」
「は、調子良いこと言っちゃって。今更フォローしたって…」
「音程が取れてないだけじゃん、下手な訳じゃない。」
歌、あんま聞かないからだよ。
…なんなんだ、こいつは。なんなんだ。
「なに、どっちにしろ、今更すぎるし」
「名前は頭良いから出来るって!」
「関係ないよ、それに、音也だって受かる確証なんてないじゃん。」
音也がアイドルを目指していることは知っていた。早乙女学園志望だということは知らなかったけど、昔から音楽番組を食い入るように見ていたから彼が言わずとも私はそうなのだろうと感じていたのだ。
歌は普通の人よりはうまいし、ルックスだって良い。
でも早乙女学園は倍率がかなり高いと有名な所なのだ。それこそ、歌になんてまったく興味のない私が知ってるくらい
他の人よりちょっと、程度で受かるとは思えなかった
…私なんか、尚更無理。
でも、音也は不適な笑みを浮かべる。
「絶対受かる。」
バカだな、と思った。
こんな自信たっぷりで落ちたとき恥ずかしくなるのがオチ、…でも、本気で受かると思ってるんだろう
「だから、一緒にいこ」
「馬鹿じゃない、音也が受かっても私は受からない」
「うん、だから、カラオケ」
「は?」
「カラオケいこーよ、これから毎日!」
「…音也って、アホだね」
呆れを通り越して思わず笑ってしまう。
バカな考えだと思う。
私は一応、勉強はするタイプで。
テストはしっかりこなすし成績も悪くはない。
先生からだって、有名な進学校を勧められたのだ。
学力的に行けないレベルではないし、考えていたのはその高校だった。
受かる確率が低すぎる音也の行きたい早乙女学園。
有名大学への進学率の高い先生から勧められた高校。
…迷う必要なんて、これっぽっちもないのに。
「早乙女学園、行こうよ」
信用できない彼の言葉。
それだけで揺らいでいる私のほうが、音也の何倍もばかだ。