彼は私を愛していない

□崩壊
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思えば婚約してからバロットの姿を見たのはまだこれが2回目だ。最初の会談からもう何日も経っているというのに、ろくに会ったことすらなかった。

2日目の夕方、彼女からの手紙が来た。社交辞令程度に書かれたそれにとりあえず返事をすると、次の日にはまた手紙が来た。ちょっとした短い手紙の文通は意外にも続いた。

部下や侍女の話では最近彼女はよく散歩に出ている事があるらしい。中庭で侍女達とお茶をしているのを見たという部下や恐る恐る訓練場を見に来るのをカイル騎士団長が見たらしい。ただよく出歩くという割にはすれ違ったり目についたりしないもので、さっき来てましたよと後から言われて気づく事が多い。彼女は異常に周りに溶け込みやすく見つけにくいと近頃思うようになった。そういう魔力かとも考えたが、この婚約を申し出た時バーミリア夫人からこの子は魔力を一切持たないと言われた事を思い出した。部下によるとおそらく小柄な身長と何か自然な雰囲気でその場に馴染むのではないかということだった。確かに彼女は小さく、目立つような容姿でもない。身長に関しては年下のあの第三王女エリザベスよりも小さいだろうし、髪や目も目立つような色ではない。でもそこが親しみやすくて良いんですよと惚ける部下に何故か苛立って書類を山程預けた。


つまり、私は最初に会った時の怯える彼女と文面の中の彼女と人から伝え聞く彼女ぐらいしかまともに知らないのだ。

そしておそらく彼女も私の事はまともに知らないだろう。バーニャから帰ったあとに届いた手紙には労りの言葉が綴られていた。バロットはバーニャで私が何をして来たのか知らない。そして今回の砦崩落の原因が私の放った槍にあるというのも、その槍を一般人が住む小さな村を壊滅させる程度の勢いをつけて放ったというのも彼女は知らない。

文通を続けながら、このまま婚約を続けていてもいいかもしれないと思った事があった。が、やはり帰してやるべきだろう。聖戦に向けての諸々や家の事もあり今はまだ無理でも、ほとぼりが冷めたら婚約は解消してやろう。彼女はこんな所にいるべきでない、自由にしてやり自分の好きな男と結婚でも何でもすればいい。

そう思いながら私は「七つの大罪」がいると思しき白夢の森へ向かうべく、静かに部屋をあとにした。



続く
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