文豪達の宴《文豪ストレイドッグス》
□第陸章 常花(トコハナ)になれと願う人は常花になりたかった
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常花(じょうか)。其れは蓮の花を象った造花の事で、仏具の一種だ。此の花は「枯れない花」や「永遠に咲き続ける花」を意味する。
左右一対で使用され、一般的には金色で制作される。周波によっては赤・青等の色付きのものもある。
或る一角のバーに、白髪紛いの銀髪の髪を束ねた背広を着た人物が坐って混合酒を飲んでいた。
俺の名は、小泉八雲。昼と夜の世界を取り仕切る異能力集団・武装探偵社の相談役であるが、現在或る諸事情により或る高校の英語教師をしている。
俺の膝に坐る店のマスコットキャラクターの三毛猫・先生の頭を撫でていた時、片目に包帯を巻いた黒ずくめの男が店に入って来た。
「やぁ、八雲さん。今夜はいい夜だね。今日も又、お仕事終わりの一杯かい?」
「太宰か」
俺が呟くと、太宰は「はい、そうですよ」と楽しげに答える。
「相席、よろしいかな?」
「あぁ、いいぞ。坐れ」
「では、遠慮なく」
太宰はそう云いながら、俺の隣の席に坐る。
此の男の名は、太宰治。犯罪組織・ポートマフィアの最年少幹部だ。俺と太宰の出会いは、今から二年前になる。
二年前――――
「おやおや、此れは任侠一家 小泉家の頭領様・小泉八雲さんじゃないか」
其の男の発言に、俺は眉を顰める。此の男に、見覚えがあったからだ。
「そういう其方は、ポートマフィアの最年少幹部様・太宰治ではないか」
俺が聞き返すと、其の男は目を輝かせて話し始めた。
「わぁ、もう私の事を知っているンだね。其れはとっても光栄だよ。真逆裏世界に咲く白百合の貴女に、こんな風に会えるとは…世の中捨てた物じゃないねェ。小泉八雲さん、私と心中しませんか?」
「生憎、俺は忙しい身でな。心中している暇などない」
「おや、此れは残念。大抵の女性は、すんなり承諾してくれるのに、貴女は何にも靡かないのですね」
「靡くも糞もあるか。俺には、元々備わっちゃぁいない。とっくの昔に死んだ」
「でも私は、そういう強気な女性は好きだよ。自ら股を開く女性より、時間をたっぷり掛けて攻略出来るからね。簡単に攻略出来たら、詰まらないじゃないか。其れじゃ、何にも面白くない。無味乾燥に等しい。だから私は、駆け引きのような恋を望むよ。悲劇のロミオとジュリエットとは云わないけどね」
「だが俺は、お前が思うような女性でもない。父親の溺愛で、捻くれた故に面倒な奴だ。攻略する前に、諦めるこったな。若しくは他を当たれ」
俺は手をヒラヒラさせて答えると、太宰は少々楽しげに話し始めた。
「でも貴女が気付いていないだけであって、其れが人を知らず知らずに惹き付けてしまっているンですよ。貴女がそう思っていなくても、私は貴女が充分魅力のある女性だと思いますよ?寧ろ、攻略し甲斐のある女性だと」
「……よく喋る雀だ」
「ふふふ…、よく云われます」
此れが、俺と太宰との出会いだ。
「徐々、織田作が来る頃合だろう」
「へぇ、八雲さん。もしかして、織田作の異能力が使えたり?」
茶化すように云う太宰に、俺は一蹴した。
「阿呆か。勘だ、勘」
「ちぇ、残念」
深夜十一時、幽霊のように瓦斯灯から身を隠すような気持ちで通り抜け、酒場のドアを潜った。店内を揺蕩う紫煙に胸まで浸かりながら階段を降りると、既に太宰がカウンターに坐って、酒盃を指で玩んでいた。此奴は大抵、此の店に居る。頼んだ酒を飲まずに、黙って眺めている。其の太宰の隣で八雲は、一人混合酒を飲んでいた。
「やァ、織田作」
「遅かったな。先にやってる」
太宰は嬉しそうに云い、八雲は淡々と云った。私は手を掲げて返事をして、八雲の隣に坐った。何も訊ねずにバーテンダーが何時もの蒸留酒のグラスを目の前に置いた。すると、私は太宰に訊ねた。
「何をしていたんだ?」
「思考だよ。哲学的にして形而上の思考さ」
「それは何だ?」
太宰は少し考えて、答え始めた。
「世の中の大抵のことは、失敗するより成功するほうが難しい。そうだろう?」
「そうだ」
太宰に聞かれ、私は回答した。
「じゃあ私は自殺ではなく、自裁未遂を志すべきなのだ!自殺に成功するのは難しいが、自殺未遂に失敗するのは比較的容易い筈だ!」
私は、蒸留酒を暫く眺めた後に答えた。
「確かに」
「矢張りそうだね!我発見せり!(ユリイカ)早速試そう。マスター、メニューに洗剤ある?」
太宰の要求に、「ありません」とカウンター奥の老バーテンダーは盃を吹きながら答えた。
「洗剤のソーダ割りは?」
「ありません」
「ないのかあ」
「なら仕方がないな」
其れを聞いて私は頷き、隣に坐って混合酒を飲んでいる八雲に尋ねた。
「それで、八雲は?」
「俺は、仕事終わりの酒だ。前に職員と飲みに行って全員ぶっ倒れた中一人飲み続けたからな、今回は断って此処へ来た訳だ。其れに、此処で飲むと落ち着ける」
「成る程」