文豪達の宴《文豪ストレイドッグス》
□第弐章 黒ひ化け物
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喫茶店・うずまき――――
「すンませんでしたッ!」
潤一郎は机に手を付いて、正面に坐る敦に謝罪する。恐らく昨日の入社試験での一件だろう。
お茶を飲む独歩の隣で治はニコニコしており、八雲は独歩の隣で紅茶を飲んでいた。敦の隣で菜穂子と未明は、うずまき特製の黒蜜きな粉を食している。
「その試験とは云え、随分失礼な事を……」
「ああ、良いんですよ」
申し訳なさそうに事情を話す潤一郎に、敦は丁寧に答える。すると、お茶を飲んでいた独歩が口を開いた。
「何を謝る事がある。あれも仕事だ、谷崎」
「国木田君も気障に決まってたしねぇ、『独歩吟客』!」
ドヤ顔で治は、先程の独歩の真似をした。其れを見て、独歩は反論する。
「あれは事前の手筈通りにやっただけで」
治と独歩のやり取りを見ながら、敦は苦笑する。数分後、云い合いは終了して独歩は敦に向って云い始めた。
「ともかくだ、小僧と小娘。貴様等も今日から、探偵社が一隅。故に周りの迷惑を振り撒き、社の看板を汚す真似はするな。俺も他の皆もその事を徹底している。なあ太宰」
独歩が訊ねたにも関わらず、治は安定の自分の世界だ。敦はすかさず、未明と菜穂子の耳を塞ぐ。まだまだ幼い子の耳を汚す訳にはいかない。
「あの美人の給仕さんに、「死にたいから頸絞めて」って頼んだら、応えてくれるかなぁ」
「黙れ。迷惑噴霧器」
二人が云い争う処を見ながら、潤一郎は自己紹介を始めた。
「ええと…改めて自己紹介すると…ボクは谷崎。探偵社で手代みたいな事をやってます。そンでこっちが…「妹のナオミですわ」」
潤一郎が紹介しようとした時、ナオミは潤一郎の腕に抱き着いた。
「兄様のコトなら……、何でも知ってますの」
「き――――兄妹ですか?本当に?」
疑う敦に、ナオミは「あら、お疑い?」と訊ねた。
「勿論、どこまでも血の繋がった実の兄妹でしてよ……?このアタリの躰つきなんて、ホントにそッくりで……ねぇ兄様?」
恍惚とした顔で潤一郎の躰を触りながら語るナオミに、敦は「いや、でも……」と云いかけた時独歩と八雲の手が肩に乗る。
こいつらに関して深く追及するな!と目で訴える独歩と八雲を見て、敦は察した。すると菜穂子は、おずおずと挙手する。
「あ…改めまして、小泉菜穂子と云います。養子になる迄用心棒をしていました、どうぞ宜しくお願いします。其れでこっちが妹の未明」
「はじめまして!わたし、こいずみみめい!よろしくね」
未明の元気な返事に、敦と潤一郎は思わず和む。兄属性の扉を開いた瞬間だった。
「其れで兄貴、菜穂子は今幾つ何だ?」
「ん?十歳だが…」
八雲が答えた瞬間、独歩は驚愕する。現在探偵社の最年少は賢治であるが、菜穂子が入った事により更に最年少の年齢が低くなったらしい。
そして治や他の社員から、幼女趣味(ロリコン)呼ばわれされる一つにもなってしまった事。(厳密にはハイコン(ハイジコンプレックス))
「すまん、独歩。お前の事を考慮しての結果が此れだ。許せ…」
申し訳なさそうに謝る八雲に、独歩は「頑張ります…」と答える。すると敦が或る質問を投げ掛けた。
「そう云えば皆さんは、探偵社に入る前は何を?」
訊ねた瞬間、全員静かに黙ってしまった。すると治が聞き返す。
「何してたと思う?」
治に訊かれ、敦は思わず「へ?」と呆けた声で訊き返した。すると柔和な笑顔で治は、説明を始める。
「何ね、定番なのだよ。新入りは先輩の前職を中てるのさ」
治に云われ、敦は湯呑を置いて考え始めた。菜穂子もゆっくりと考える。
「はぁ……じゃあ……。谷崎さんと妹さんは……学生?」
「学生…高校生かな?」
「お、中ッた。凄い」
答えが中った事に、潤一郎は嬉しそうに目を輝かせる。
「どうしてお分かりに?」
ナオミに訊ねられ、敦は理由を話し始めた。
「ナオミさんは制服から、見たまんま。谷崎さんの方も―――齢が近そうだし、勘で」
「私も、敦お兄ちゃんと一緒だよ。ナオミお姉ちゃんは制服で。其れで潤一郎お兄ちゃんは、ナオミお姉ちゃんの二つ位年上かなって」
「やるねぇ。じゃあ、国木田君は?」
「止せ。俺の前職など、如何でも―――」
話題を自分に振られ、独歩は不機嫌そうに云い返す。
「うーん、お役人さん?」
「…学校の先生かな?学校の先生って何時もピシッとしてて、決まり事を守らせるのが得意だから…。其れに其の太極図のピンバッジと其の万年筆は、生徒さんからの贈呈品(プレゼント)だと思う」
「惜しい。てか、菜穂子ちゃんご明察。彼は元学校教諭だよ。数学の先生」
「へぇぇ!」
「昔の話だ。思い出したくもない」
驚く敦に、独歩は眼鏡を戻しながら答える。一瞬独歩が教えている姿を想像したが、虎探しの時の様に投げられそうな予感がし心の奥にしまった。
未明はお腹一杯になったのか、八雲に抱っこされて眠っている。
「じゃ、私とお兄ちゃんは?」
治に訊かれ、敦は治をジッと見た。
「太宰さんは……」
治をしっかり見るが、全く想像出来ない。すると独歩が呟いた。
「無駄だ、小僧、小娘。武装探偵社七不思議の一つなのだ。こいつの前職は」
「でも…太宰さん、躰に赤黒い蛇みたいな物が纏わり憑いてる。ううん、其れだけじゃない。血の匂いがする…若しかして「菜穂子」」
続きを云おうとしたが、八雲が「此れ以上は止めておけ」と頸を横に振った為「ごめんなさい。わからないです」と答えた。
「最初に中てた人に賞金が有るンでしたっけ」
潤一郎が訊ねると、カップの中身を掻き混ぜながら治は答えた。
「そうなんだよね。誰も中てられなくて、懸賞金が膨れ上がってる」
「俺は溢者(あぶれもの)の類だと思うが、こいつは違うと云う。然しこんな奴が真面な勤め人だった筈がない」
独歩が答えると、敦は治に訊ねた。
「因みに懸賞金って、如何程」
「参加するかい?賞典は今――――七十万だ」
七十万という単語を聞いて、敦は目を光らせて立ち上がった。其の姿に潤一郎は、大きく肩を震わせる。挑戦的な目で、敦は治に訊ねた。
「中てたら貰える?本当に?」
「自殺主義者に二言は無いよ」
すると敦は勤め人(サラリーマン)や研究職、工場労働者等思い付く限りの職業を出すも、悉く治に否定された。
「役者は照れるね」
「うーん、うーん」と唸りながら必死に考える敦を横目に、独歩が訊ねた。
「だから本当は、浪人か無宿人の類だろう?」
「違うよ。この件では、私は嘘を吐かない(つ)よ。うふふ、降参かな?じゃ此処の払いは宜しく。ご馳走様〜♪」
そう云って治は席から立ち上がる。すると敦が口を開いた。
「其れで、八雲さんの前職って……」
「私と未明は知ってるけど、云わない。お母さんと約束してるから」
「兄貴も彼奴同様、探偵社の七不思議の一つだ。学生時代、俺は此の人から英語を教わったが…果たしてあれは前職にカウントされるのか判らん。
他にも人形作家や怪異の権威者(オーソリティ)とも聞くが…其の真贋は謎に包まれている。確か賞典は、――――百億以上だったな」
其れを聞いて敦は目を輝かせた時、ティーカップを置いて八雲は答えた。
「云っておくが独歩。英語教師は前職にカウントしてもいいが、人形作家と怪異研究は現職の一つだ。だが、社長と乱歩と少数の弟子が知ってる現職ならあるぞ」
「社長と乱歩さんと少数の弟子だけが知る現職?谷崎、確かお前は兄貴の弟子だったな。兄貴の現職を知っているか?」
「いえ、ボクも詳しい事は知らないンです。多分、お姉ちゃんや流さん辺りが知ッてると思うンですが…」
申し訳なさそうに潤一郎は「すンません…」と独歩に謝った。
「??」
訳が判らない侭、敦は頸を傾げる。
「まァ…此れを聞いて、どっかの誰かさんを泣かせる可能性とレッテルを貼られたくないから今まで云わなかったンだよな」
表情を変えずに淡々と答える八雲に、敦達は固唾を呑んだ。
「現職は、極道の頭領。そんで、もう一つは退魔の当主だ」
「た…大麻?」
敦は今にも泣きそうになった。八雲の弟子の一人である潤一郎は、既に涙目。こんな処に極道の頭領がいるなんて、自分は居る場所を間違えたのではないのかと敦は思った。
独歩は動揺でお茶を落とし、ナオミは呑気に「あら、素敵…。お姉様、らしいですこと」と云っている。すると八雲は紙に書いて全員に見せた。
「敦…、退魔ってのはな簡単に云っちゃあ、化け物退治の専門家(プロフェッショナル)さ。其れに字は、魔を退くで……退魔だ。其れに元々裏社会特有の仕事には興味がない。興味あるのは人助けだけだ」
そう云って八雲は、紅茶を飲んだ。
「え、僕その中で生活したら確実に死に…「んな、訳あるか」」
想像して恐怖する敦に、八雲は突っ込んだ。
「確かに極道に居そうな男は、大勢居る。全員、化け物退治を専門とする奴らばかりだ。危害を加える処か、人助けにしか興味がない」
「よ、よかったぁ…」
敦ははぁ…と胸を、撫で下ろす。其の時、潤一郎の洋袴の口袋の中で端末が鳴った。口袋から端末を取り出して、潤一郎は電話に出る。
「うン?ハイ、……え、依頼ですか?」
武装探偵社・事務フロア――――
背広を着た女性は、応接用の椅子に坐っていた。其の女性を前に潤一郎が正面に坐り、八雲達は潤一郎の背後から様子を見る。しかし女性の方から言い出す気配がない為、潤一郎が訊ねた。
「……あの、えーと。調査のご依頼だとか、それで…」
「美しい……」
潤一郎が訊ねようとした時、治が彼女の手を握って呟いた。
「睡蓮の如き果敢なく、そして可憐な御嬢さんだ」
よくそんな言葉が云えるなと、八雲は呆れて溜息を付く。黙っていれば、イケメンなのに。そして治は目的を暴露した。
「どうか、私と心中していただけないだろうか―――」
最後まで云わせまいと、独歩は素手で治の頭を殴る。突然の事に驚く女性に、潤一郎は「あ、済みません。忘れて下さい」と云って落ち着かせる。
そして治は、独歩に服の襟首を掴まれながら奥の部屋に連行された。「心中〜ちょっとだけでいいから〜」と唄いながら。
連れて行かれる治をチラッと見て、女性は話を始めた。
「依頼と云うのはですね、我が社のビルヂングの裏手に……最近善からぬ輩が屯している様なんです」
「いただきます」と云って女性は、テーブルに置かれたティーカップを取る。「変人慣れ、してンのかな」と思いながら、潤一郎は彼女を見ていた。
彼女の話を聞きながら八雲は未明を抱っこした侭、二人掛けの長椅子に坐る。未明を抱っこしている所為か、ゆっくり睡魔が八雲を襲う。
―嗚呼、眠い…。
睡魔に任せて八雲は、眠りに付く。其れは戻って来た独歩が最後、敦と菜穂子に初仕事を任命したと同時だ。